大田原城は天文14年(1545)大田原資清によって築かれ、明治4年(1871)の廃藩置県に至るまで大田原氏の居城でした。なかなか世渡り上手な一族で、豊臣秀吉、徳川家康と時の権力者に信頼されてきたのも長持ちの秘訣のようです。石高は1万1千石で、本来は城持ち大名の格ではないのですが奥州の大名への押えとして重視され、三代将軍家光からは常時玄米一千石を城中に貯蔵するよう命を受けています。
現在は龍城公園として整備されています。本丸の北に北城(北曲輪)があり、その先にも曲輪があります。東には蛇尾川が流れ、南に二の丸があり、三の丸は南の麓にあり御殿が築かれていたようです。北城・本丸・二の丸には土塁が残り、本丸の土塁はかなりの高さがあります。本丸と二の丸の間には空堀があり、その空堀は本丸の周囲に続いています。明治まで長く持ちこたえた城だけあって、遺構も多く残っていて、なかなか見ごたえがあります。
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