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駿府城

「出世の街 浜松 家康公祭り」に出店しました!

11月2日(土)・3日(日)に浜松城公園で開催された「出世の街 浜松 家康公祭り」に皆さま足を運ばれたでしょうか?
今年は徳川家康の次男・結城秀康生誕450周年をテーマに、歴史講演会やステージイベントが行われ、家康公ゆかりの自治体PRブースが出店しました。

静岡市も駿府城公園3施設・葵舟と共同で出店し、駿府城公園エリアのPRやノベルティ配布を行い、多くの方にお越しいただきました。ご来場いただいた皆さまありがとうございました。
次回は12月21日(土)・22日(日)にパシフィコ横浜ノースで開催される「お城EXPO」に出店予定です。歴史ファンの皆さまやお城好きの方に楽しんでいただけるようなブースを予定しておりますので、ぜひお越しください♪

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カズサン

虎口‐1/4 (2024/11/09 訪問)

 宇都宮城に次いで陽も有り南に上三川街道を約14km程に在る上三川城へ平成28年4月以来8年振りの登城をしました。
 
 駐車場:上三川城址公園駐車場南側約6~8台、トイレ完備
 参考資料:グーグルマップに依る。

 上三川城本郭は現在上三川城址公園として整備されて市民の憩いの場と成っています、整備に疑問を呈していらっしゃる方々もいらっしゃりますが私はこれはこれで良いので可と思っています。
 歴史は案内板によると、建長元年(1249年)宇都宮氏の一族である横田越中守頼業が築いた以来慶長2年(1597年)に芳賀高武に攻められて落城、348年間続いた城です。
 また規模は東西400~500m、南北1000mの範囲に群郭式の広大な構えで本郭が現存しています。

 駐車場から案内板、トイレ横を通り南虎口、土橋、南虎口は左右模擬石垣で立派に構えています、南手前には水堀、東側には水堀上に周辺散策路の木橋が掛っています、周囲は高土塁が囲み外側には水堀が廻っており方形の郭です、虎口は、南側、東側、西側に三ヶ所、外周には散策路が廻らされています。周囲は北に幼稚園、住宅街に囲まれています、土塁上には樹木、桜が植栽されて春、夏、秋と木々の潤いが整備されています。
 当日は子供たちが遊び、大人もスポーツ遊戯を楽しまれていました。
 沢山撮りましたので4編に分けて投稿致します、第1編は虎口で纏めました。

 本郭内部と高土塁-2/4に続く。
 

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イオ

とことん津山城(本丸~天守曲輪) (2024/09/16 訪問)

(続き)

表鉄門は門扉を鉄板で覆い門内にコの字型に櫓をめぐらせた本丸の正門にあたる厳重な櫓門でしたが、門を抜けて石段を上った左手の櫓南西端が本丸御殿の玄関になっていて、櫓内を通り抜けて本丸御殿に入るという独特な造りだったようです。本丸御殿は本丸を埋め尽くすように建てられ、奥向へ続く箇所には台処門や十番門が設けられていましたが、本丸に建物は現存せず、表鉄門南西の使者櫓、さらに南辺を備中櫓まで続いていた到来櫓と長局も遺らず、長局跡に藤棚とベンチが設けられているのみです。

築城400年を記念して復元された備中櫓に入って100名城スタンプを押印。四足門から切手門へ至る大手道を見下ろす櫓だけに狭間があるのは当然としても、畳敷きに竿縁天井、壁に唐紙、柱に金漆塗の釘隠しというのは櫓というより御殿だよな…と思っていたら、長局を通じて本丸御殿と繋がっていて奥向きの御殿として活用されていたと考えられるとのこと。なるほど納得です。備中櫓から五番門跡を抜けて天守曲輪へ。五番門南側の石垣は変形に伴って積み直した際に土塀と雁木が復元されています。天守曲輪の西半分は多門櫓で囲まれていて、北西隅と南西隅は二階建てになっていましたが、現在は平面表示により櫓跡の位置を確認できるくらいです。

天守台南側の六番門跡(礎石あり)から東側に回り込んで、石段を上ると天守台の穴蔵に至ります。穴蔵には天守を支えた礎石列と「愛の奇石」と呼ばれるハート型の石垣石が見られ、廃城後に設けられた石段から天守台に上ると、城内と城下を360度見渡すことができます。往時はここに四重五階の壮大な層塔型天守が建っていましたが、廃城令により破却されています…。天守台の北側には、石段を下りて左に折れたところに七番門が設けられ、腰曲輪を経て搦手の二の丸に通じていました。門の外には高さ約3mの石垣がああるため、普段は木の階段を用いて通行(戦時には取り外す)していたようです。天守曲輪北東隅の長櫓に南接する八番門跡から天守曲輪を出て、今度は本丸の東辺に向かいます(続く)。
 

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todo94

『YOASOBI 5th ANNIVERSARY DOME LIVE 2024 “超現実” 』前の攻城② (2024/11/09 訪問)

石浜城からの転戦です。南千住で東京メトロの24時間券を購入し、北千住にアクセス。北千住から徒歩にてアプローチしました。中曽根神社がその故地で城址碑と説明板がありました。

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天守無しがアツい

慶長期の天守は五層…今は三層 (2024/11/03 訪問)

(1回目の訪問)
当初、私は鈴鹿サーキットでF1レースを観戦しようかと思っていました。しかし現地を訪問する前日に、台風の本土上陸に備え、レースを中止するという知らせがHPでアップされたのでした…🌀

「レースが無いなら、行っても仕方ないな…。別の場所にしよう。」と私は思い、選んだのが伊賀上野市にある、忍者屋敷でした。まず名古屋まで新幹線で移動し、そこから私鉄を乗り継いで(名古屋から2時間ほどかかったと思います)伊賀上野に到着🚃

名古屋から直通のバスもあるそうなのですが、それも台風のせいで運行中止…。台風は人々を色々と不便にさせます…。でも忍者屋敷はいつもどおり営業しており、中を見学させていただきました。くのいちに扮したスタッフが中を案内してくれました。

からくり屋敷とも言えるこの屋敷は、扉が回転したり、隠し部屋があったりしました。何せここ伊賀は忍者伝説の地ですから、ここは忍者の生産地、つまりナルトで言えば「木の葉隠れの里」みたいなものだったのでしょう…🥷

スタッフの案内が終わった後、忍者道具(手裏剣や槍)の展示物を見たり、ビデオで忍者の格闘術を見ました。剣を持った相手を無手で倒すという技です…。色々技がありましたが、どうやら忍者というものは(一日100km移動しても平気という説があるから)持久力も戦闘スキルも必要だったようです

つまり、忍者にならマラソン大会なんてフルマラソンでもへっちゃら。筋肉痛なんて少しもならなかったのではないでしょうか…(笑)

忍者屋敷の近くには「伊賀上野城」という城もあり、そこも入ってみました。小さめの城でしたが、甲冑を体験できたので試着してみました。総量5kgのレプリカでしたが、そのわずか5kgでも結構重かったです。実際は20kgのを装着していたと、年配のスタッフが語っていました。

大将クラスだとより良い甲冑を装着していたそうです。それは一般的な甲冑よりも重いと予想できるから、少なくとも20kgを超える重さだったようです…。

「あんな重い甲冑を着ながら馬に乗ったり、刀を振るったり、弓を引いたり…。当時の人間の体力は現代人離れしてないか…?」とかなり感じました。

駅前にはうどん屋があり、そこで忍者うどんをいただきました。うどんの下に具がたくさん埋まっている(隠されている)…

つまり軒下に身を潜める忍者をイメージしたのではないでしょうか…?その中に入っていたお餅が美味しかったですね。

(2回目の訪問…1回目から10年ほど経過)
あの時の補完をしに…ここも是非御城印購入と100名城スタンプを獲得したいところだったのですが…とうとう念願の再訪問

天守の入場券売場にてチケットと一緒に御城印を購入🎫 城主の藤堂高虎武将印も販売されていたのでそれも一緒に買いました。印帳(彦根城で入手)を持参してきたので、買ったばかりの御城印をホルダーに収納して撮影(1枚目右)

100名城スタンプはチケット売場左手に用意されており、一期一会のチャンスという事で逃さずに押印。どちらも天守(2枚目)の手前で済ませられたので、天守に入る必要は必ずしも無かったと思われますが…せっかく来たので(上記のとおり)買ったチケットで中に入りました🏯

天守は3階建て🏯 一層には(3枚目の)藤堂高虎像が来場者をお出迎えしてました。高虎は関ヶ原の合戦では(当時親交あった関係で)家康側…東軍の一員として活躍したため、その後32万石の大名となり、伊賀上野城と津城…両方の主になった…と説明書にありました(4枚目)

天守は(高虎が城主になる前)慶長期の頃は五層…5階建て…つまり現在のよりもゴージャスな造りだったそうです(4枚目に写る模型がそれ)。しかし(はっきりとした説明はされてませんでしたが)自然災害でそれが倒壊してしまい…現在の天守は1935年に民間の手で復興したもの(である事ははっきりと紹介されてた)

今回は甲冑体験は無く、2階には国内にある他の天守ありの城が写真展示。3階には伊賀市一帯のジオラマがありました。この城は木造のギシギシ鳴る階段のみが上の階と下の階を繋ぐ唯一のルート…昭和感のある天守と言えるでしょう🏯

見学が終わり外に出ると、少し離れた場所に天守台が。どうやら五層の天守があった頃に使用された場所と思われます。行ってもよかったのですが…次の場所に行くために時間に余裕無かったので遠くから眺めるだけにしました

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しんちゃん

姫路城 (2024/04/20 訪問)

久々に姫路城の写真を載せたくなりました。名古屋城も姫路城も写真が大量に残っていて、なかなか片付かないので、こうして番外編で時々載せさせていただきたいと思います。姫路城は多くの現存建築物と遺構を残している数少ない城ですね。「本物」の城のオーラが漂っています。
ところで入場料は結局のところ、いくらぐらいで落ち着くんだろう? 二千円以上だったら、何か特典が欲しいよね。

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しんちゃん

キャナルシティ・ラーメンスタジアム ららぽーと  (2022/12/31 訪問)

福岡県福岡市博多区のキャナルシティにはラーメンスタジアムがあって、バリエーション豊かなラーメンを楽しむことができます。お勧めはなんといっても長浜ナンバーワンの長浜ラーメンですね。骨太な長浜ラーメンだけあって客層もなんかゴツイです。私は本場の豚骨ラーメンを食べるときはライスを一緒に食べるようにしています。胃腸がそんなに強くないんですね。
キャナルシティには「THE GUNDAM BASE FUKUOKA」もあって限定品のガンプラを買うことが出来ます。シナンジュの青い奴が出るみたいで、できれば欲しいけど、どうせすぐ売り切れるんだろうな‥。
同じ博多区のららぽーと福岡には、実物大のニューガンダムの立像があります。「GUNDAM SIDE-F」では限定品のガンプラを買うことができます。なんか博多区はやたらとガンダム関係に恵まれていますね。ちょっと羨ましいぞ。
ここには2mぐらいの大きなサザビーとニューガンダムのスタチューがあります。パッと見、RG(リアルグレード)を大型化した感じですね。私はこの2体のモビルスーツが大好きなんですよ。要はサザビーの写真を載せたかったわけでして‥。

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しんちゃん

太陽公園  姫路市打越 (2024/04/20 訪問)

兵庫県姫路市打越にある太陽公園は「城のエリア」と麓の「石のエリア」の二つに分かれています。城のエリアには某白鳥城にソックリの城形建造物があり、モノレールで丘の上まで上がることが出来ます。城の内部はトリックアートなどの展示が置かれています。
石のエリアには世界の石像のイミテーションが置かれ、最大の目玉は中国の始皇帝陵を模した兵馬俑博物館です。実際に訪問して満足感を得られるかは、その人個人によると思いますが‥。

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ぴーかる

北比良城 (2024/11/03 訪問)

【北比良城】
<駐車場他>「北比良旧船溜まり公園」の駐車場4台程に駐車しました。
<交通手段>車

<感想>北比良城の詳細はよく分かりません。1582年に田中定光が在城し、織田信長に背いたため攻められ落城したとされます。西近江で1582年本能寺の変、明智光秀と関連がありそうな気がします。現地に遺構は残っておらず、福田寺境内に石碑があります。駐車した船溜まり跡公園は少し窪地が残っています。城がある頃も船溜まりは城の1部として機能して、湖面に接した城であったろうと思います。琵琶湖から対岸の沖島や八幡山が見えます。西側は比良山地の高い山々が迫っていて平地が狭い。

<満足度>◆◇◇

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しんちゃん

堀切と郭 (2024/11/09 訪問)

山田城の登城路は砂防ダムを正面に見て、右手側に付いているようです。鉄製の階段や私の登ったルートは非推奨のようですね。参考にならず申し訳ないです。主郭は山の中腹に小高い丘状に存在し、東側に堀を隔てて広い郭が有ります。主郭北東にも郭が付いていて、そこから主郭に登りました。上から周囲を見下ろすと結構急な切岸があり、高さもそれなりに有ります。主郭背後(西側)にも大きな堀があり、北側へ回り込んで続いています。帰りは東の郭の腰郭沿いに降りて行きましたが、周囲はなかなかに急です。危ないので登城と下山は正式なルートでお願いします。

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猫猫

松本城 (2024/10/19 訪問)

城人デビューです
毎年恒例の仲間5人旅行で行きました!
姫路城は数年前です

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しんちゃん

増島城城門 淨徳寺・飛騨市古川町中野 (2024/10/14 訪問)

飛騨市古川町の淨徳寺の山門は増島城の城門を移築したものと伝わります。開基は江馬氏14代正之の家臣・岩佐善太郎正直の六男・岩佐正盛とされ、蓮如上人に帰依し、道場を落合から中野に移したのが始まりとされ、元禄年間に淨徳寺の寺号を許されたとのことです。
石垣は新しい物のようですが、城門に負けない立派なものに仕上がっています。その他の写真は近くの道の駅で撮ったものです。熊も子供のうちは可愛いですが、猛獣であることには違いが有りません。

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朝田 辰兵衛

石碑の場所は刑場跡らしいです… (2024/09/15 訪問)

芦名城の散策を終え,芦名バス停から「逗6」系統のバスで逗子駅に戻りました。逗子駅からはJR横須賀線で大船駅へ。ここから徒歩で向かいました。大船駅から数100m南側に玉縄首塚があるためです。しかし,逆光でうまく撮れませんでした…📷
七曲坂と七曲段のパネルを発見し,安堵しているのも束の間,石碑の場所に苦慮しました。「この交差点付近のハズだが…」とキョロキョロしていたら,通りすがりの女性が声をかけてくれて,無事に見つけることができました。なんでも,ここは大勢首を刎ねられた場所なんだとか…。首塚から散策を開始し,刑場跡で終えるという…。

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しんちゃん

土の城の傑作 (2024/10/14 訪問)

広瀬城の最大の見どころは西の郭の周囲に巡っている畝状竪堀(空堀)群ではないでしょうか。特に北側に良く残っています。東の空堀群はヤブ化が進んでいて良く見えません。400年以上前の土の城の遺構を見れるのも、ある意味幸運なことかもしれません。
北東の尾根に付いている大きな堀切も見どころの一つです。ひとしきり遺構を訪問したあとは田中筑前守の墓碑に挨拶して撤退です。

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しんちゃん

百足(むかで)城  飛騨市古河町高野 (2024/10/14 訪問)

城びとの城ではありませんが、百足城の投稿です。姉小路高綱の隠居城ではないかと伝わり享保年間(1719~1736)に飛騨国代官・長谷川忠崇が編纂した「飛騨志」に記載が有るようです。たしか以前に昌官忠さんも投稿されていたと思います。
県道50号線の工事が終わり、県道側からも城址にアクセスできるようなので、空きスペースに駐車し、訪問しました。主郭の西下に二郭があり、東に三郭と四郭があり、三郭は見張台になっているようです。また三郭の西側に空堀が有るようです。
大規模な城郭ではありませんが、姉小路氏の隠居城であればちょうど良い大きさではないでしょうか。県道からアクセスできるのが個人的にポイント高いです。

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栃木西方城

西方城跡関連イベントのお知らせ (2024/12/17 訪問)

西方城跡が国指定史跡となったことを契機として、各種イベントを開催いたします。ぜひご参加ください。なお、申込方法等の詳細は、追って栃木市ホームページ等(https://www.city.tochigi.lg.jp/soshiki/57/)でお知らせいたします。お楽しみに!

お城Expo 2024 
全国のお城が集合し、展示や講演等のプログラムが楽しめるお城Expoの文化庁ブースに、西方城跡も出展します!
開催概要
主催:お城Expo(公益財団法人日本城郭協会、城びと〈東北新社〉、株式会社ムラヤマ、パシフィコ横浜)
日時:令和6年12月21日(土) 
午前9時〜午後6時(入場は午後5時30分まで)
※21日(土)午後6時から特別プログラム開催
日時:令和6年12月22日(日) 
午前9時〜午後5時(入場は午後4時30分まで)
会場:パシフィコ横浜 ノース(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-2)
入場料:あり(下記URLからご確認ください)
イベントURL:https://www.shiroexpo.jp/

企画展『なんで西方城 なるほど西方城』
これまでの調査成果をまとめた企画展を開催します。期間中には、学芸員によるギャラリートークを予定しています。
開催概要
主催:栃木市教育委員会
期間:令和7年1月6日(月)〜2月2日(日)
※火曜日休館 午前9時から午後5時まで(入館午後4時30分まで)
会場:栃木市蔵の街市民ギャラリー(栃木県栃木市万町3-23)
観覧料:無料
学芸員ギャラリートーク
日時:令和7年1月12日(日)、1月18(土)、1月26日(日)
各日全て午前10時〜30分程度

西方城跡現地説明会(山頂・山麓部)
文化課の学芸員による現地説明会を開催します。動きやすい服装でお越し下さい。
開催概要
主催:栃木市教育委員会
日時:令和7年1月12日(日)、令和7年1月25日(土)
※両日とも午後1時〜午後3時30分
参加費:無料
定員:各日50名

歴史講座『なんで西方城 なるほど西方城』
文化課の学芸員が講師となり、西方城跡に関する歴史講座を開講します!講座当日の午後には現地説明会も開催します。続けて参加することも可能ですのでぜひ合わせてご参加ください!
開催概要
主催:栃木市教育委員会
日時:令和7年1月25日(土)午前10時30分〜1時間
会場:西方公民館 2階大会議室(栃木県栃木市西方町本城1)
講師:文化課 学芸員
参加費:無料
定員:60名

このページに関するお問い合わせ先
栃木市文化課文化財係
〒328-8686
栃木市万町9-25 栃木市役所4階 文化課
Tel:0282-21-2497 Fax:0282-21-2690
栃木市文化課H.P https://www.city.tochigi.lg.jp/soshiki/57/

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栃木西方城

西方城跡が国指定史跡となりました!! (2024/11/18 訪問)

栃木県栃木市西方町にある山城(標高約221メートル)『西方城跡』
栃木市教育委員会では西方城跡の実像を把握するため、平成29年度(2017)から令和5年度(2023)まで測量調査、縄張図調査、発掘調査、史料調査を進めてきました。令和6(2024)年6 月24 日(月)開催の同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、「西方城跡」を国の史跡に指定するよう、文部科学大臣に答申し、この度晴れて令和6年10月11日(金)官報告示をもって正式に国指定史跡となりました。
 国指定史跡は、栃木市内で3件目となります。城びとの皆さま、城びとの情報をご覧になった皆さま、たくさんのご声援本当にありがとうございました。改めて感謝いたしますとともに今後ともご声援の程よろしくお願いします
m( * _ _)m
またこれを契機にたくさんのイベントをご用意しておりますのでぜひご参加ください!

★アクセス方法★
東武日光線「東武金崎駅」から徒歩約30分
北関東自動車道「都賀IC」から車で約15分
東北自動車道「都賀西方スマートインターチェンジ」から車で約5分
※お車でお越しの方は長徳寺東側見学者用専用駐車場をご利用ください
(普通乗用車13台分の駐車場です)
お問い合わせ先
栃木県栃木市教育委員会文化課係
〒3288686
栃木市万町9-25栃木市役所4階文化課
TEL0282-21-2497
FAX0282-21-2690
📨bunka02@city.tochigi.lg.jp
栃木市文化課H.P https://www.city.tochigi.lg.jp/soshiki/57/

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ランフランコ

#34 尾上城 (2024/11/16 訪問)

公園になってるいるとはいえ、この規模をただで楽しませてもらえるのは、金沢市太っ腹だな。

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カズサン

伊賀門辺り-4/4 (2024/11/09 訪問)

 本丸清明館廻り模擬石垣と堀-3/4の続きです。

 宇都宮城本丸の南側に枡形の伊賀門が在りました、発掘調査の上埋め戻されて芝生の丘に成っており市民の憩いの場所でもあります、伊賀門辺りの散策は、車を駐めた南駐車場から本丸堀跡解説板、西回りで櫓と高土塁を見学し、清明館廻り模擬石垣と堀を東周りに見学して、伊賀門跡辺りに戻り散策、南駐車場に二の丸から三の丸への土橋の側面石垣がレプリカ展示されていましたので見学、本物は埋め戻し地中保存されて居るそうです。

 長々と4編ご覧頂きありがとうございました。
  

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カズサン

本丸清明館廻り模擬石垣と堀-3/4 (2024/11/09 訪問)

 清明台と土塀-2/4の続きです。

 宇都宮城址公園には平成19年西側高土塁、清明台、富士見櫓と続き土塀が復元される以前に清明館が建てられていました、今回久しぶりに無料の清明館入場し歴史、文化財の見学しました。
 清明館建設にあたり周辺北側、東側、南側に城郭風の雰囲気を出すためにか?模擬式?現代の技法による石垣、空堀、木橋虎口が施設されてやや紅葉の木々もあり、写真撮影しましたので投稿させて頂きます。
 
 伊賀門辺り-4/4に続く。
  

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