(続き)
二の丸へと続く表中門跡の石垣。写真では何度も目にしていましたが、実際にその場に立ってみてあまりの巨大さに驚かされました。この石垣の間を埋める櫓門ってどんな規模だよ…。思い描くとそら恐ろしいほどです。表中門跡を抜けると、まずはすぐ右手の桐の段へと続く石段へ。桐の段には塩蔵、南西隅に表中門前を見下ろす見付櫓、東辺に玉櫓、北東隅には十六番門があったようですが、今は玉櫓跡の櫓台に忠魂碑が見られるくらいです。
表中門跡に戻って広大な石段を二の丸に向かうと、左に二度折れて四足門跡に至ります。四足門の東に隣接していた走櫓は失われましたが、四足門は中山神社の神門として移築現存しているようなので、またの機会にはせひ見に行きたいものです。四足門跡から登城ルートは今度は右に三度折れて切手門跡に向かいますが、その前に二の丸内を散策します。二の丸の南辺には東西60mに及ぶ鉄砲櫓が三の丸に睨みを効かせ、その名のとおり1000挺の鉄砲と2万個の玉が備蓄されていたそうです。二の丸は二の丸台所で仕切られていて、台所西側の二の丸御殿に行くには備中櫓南西下の十七番門を潜る必要があったようです。現在のトイレと自販機のあたりでしょうか。長柄櫓跡へは石垣崩落のため近付けませんが、二の丸西辺を昇櫓跡~塩櫓跡~白土櫓跡とたどって折り返しました。
多門櫓跡の石垣を見上げつつ備中櫓の下を回って切手門跡に向かう途中、ふと見上げると備中櫓の石垣に張り付く人の姿!? 一瞬ぎょっとしましたが、津山城ほどの高石垣になると草刈りにも命綱は必須ですよね。そして長局跡の高石垣を見上げながら切手門跡を抜けて石段を上ると、右手に桐の段を見下ろす弓櫓が、もう一段上には辰巳櫓があったようですが現在はベンチが置かれているくらいです。北東隅の十四番門から本丸東辺にも行けるようですが、まずは表鉄門から本丸に向かいます(続く)。
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