まいこだいば

舞子台場

兵庫県神戸市

別名 : 舞子砲台、明石藩舞子台場
旧国名 : 播磨

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案内板と石碑
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カズサン

勝海舟建議砲台の一つ・明石藩舞子台場(舞子砲台) (2023/11/27 訪問)

 西宮砲台を終えて夙川オアシスロードの桜もみじトンネルを楽しみ、阪神電鉄香瓐園駅から山陽電鉄舞子公園駅下車し、明石藩舞子台場を初登城。

 最寄駅:山陽電鉄舞子公園駅下車。JR舞子駅は南隣接。
 参考資料:城郭放浪記さん、ウィキペディア、城びと

 舞子公園駅下車、ストア校内を通って舞子デッキを使いR2号線を渡る、明石大橋と淡路島が近く気に成る、隣接の公園は工事関係資材の置き場と成り進入禁止、R2号線を約150m程西行、明石藩舞子台場の標識が出て居り、海岸に出ると案内板と石碑があり場所を特定できる、ミニ砲が椅子代わり2基設置、天端の石敷き屋外展示、海岸の護岸に成ってるのが台場の残存石垣なのでしょうか?、淡路島が手に取るように近い。舞子デッキ辺りから小雨が降り始め急ぎ足で探訪し早々に切り上げた。

 舞子台場も海軍奉行勝海舟の建議による大阪湾砲台群の一つ、西宮砲台、和田岬砲台、今津砲台が同時期の文久3年(1863年)建設開始、対岸の淡路島徳島藩松帆砲台と連携構想だったのでしょうか?

 この後は播磨船上城に向かいます。
  
  

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城好きのメガネ

「明石藩舞子台場」 (2023/04/06 訪問)

<オススメ>★★★☆☆
明石藩舞子台場は、1863年に幕府の命を受け、勝海舟の指揮のもと明石藩が築造した砲台跡である。対岸にある徳島藩松帆台場と連携して外国船を挟み撃ちにする構想であった。現在、「天端の石敷き」などが遺されている。

<アクセス>
JR舞子駅 徒歩10分

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しんしんちゃん

海岸に降りてみよう! (2023/08/12 訪問)

国の史跡、舞子台場は文久3年(1863)徳川家茂の大阪湾の
海上防衛視察の際に、砲台拡充の幕命を受けた
明石城主、松平慶憲によって築造されたそうです。
当時の最新技術を使って作られているようで、
対岸の松帆台場と相まって、有事の際にはそれなりの
効果をあげたものと推測します。
史跡は一部、公開がされており、明石海峡大橋が良く見えます。
ちょっと東に回って海岸に降りてみると
台場の石積が良く見えます。アーチ状を描きながら各所に
折れ曲がりのある形状は敵兵の上陸に備えたものでしょうか。
それらの独自の形状も下から見ると良くわかります。

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朝田 辰兵衛

関西入りしましたが… (2022/09/17 訪問)

関西入りしましたが,「出張!お城EXPO in 滋賀・びわ湖 2022」へは行ってません。
台風14号の九州攻めの影響により風は強く,時々小雨が降りました。
入館料【300円】の舞子海上プロムナードへも行き,海上47mの丸太橋の上に立ちました。下方の撮影にもブレずに成功…と思いきや,なんと私の左足がしっかり捉えられているではないかっ(-_-;)
そんな時に限って,1枚しか撮っていないという不運…。不運は連鎖するもので,食事の撮影でタコ飯のフタを取るのを忘れているし…。
まっ,笑ってスルーしてください。

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城郭情報

分類・構造 台場
天守構造 なし
築城主 松平慶憲
築城年 文久3年(1863)
主な城主 明石藩
遺構 石垣
指定文化財 国史跡(明石藩舞子台場跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 兵庫県神戸市垂水区東舞子町
問い合わせ先 神戸市教育委員会事務局社会教育部文化財課
問い合わせ先電話番号 078-322-5798