おおのじょう

大野城

愛知県常滑市

別名 : 宮山城
旧国名 : 尾張

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WEST

大野城(常滑市)探訪 (2025/12/30 訪問)

愛知県常滑市にある大野城を訪問しました。大野城は戦国時代、知多半島を支配した佐治氏が築いた城で、わずか四代で廃城となった短命の城です。佐治氏は織田家と深く関わり、浅井三姉妹の末妹・お江の方が最初に嫁いだ家としても知られています。
現在は城山公園として整備され、天守風の展望台が象徴的に建っています。名鉄西ノ口駅から徒歩15分ほどで到着しますが、小高い住宅地の上の登城口までは急坂が続き、思いのほか疲れました。
城跡には空堀や物見櫓跡などの遺構が残り、規模は大きくないながらも平山城であることを感じ取れます。展望台の最上階からは視界が開け、遠くに伊勢湾を望むことができます。また、北に目を向けると知多市にある大草城の展望台も見えます。

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しんちゃん

山茶花と西陽(ビ)-ム (2025/12/14 訪問)

今日はフラフラの状態でコンロとレンジを買いに行ってコケてコンロでアゴを強打しました。しばらく痛くてようけ食べれんかったけど、ようやく落ち着いてきた。飯が食えるって本当に大事。
尾張守の称号を得るために知多半島を周って来ました。大野城模擬天守は閉まっていたけど山茶花(サザンカ)と西陽が綺麗です。大洗磯前神社を思い出しますな。この鳥居、西陽が拝める鳥居だったんだ。この辺りはまだ紅葉が残っている。豊橋と同じで知多半島は温暖だ。

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T-Shionoya

青海山の北面に築かれた大野城 (2024/12/09 訪問)

前回投稿した大草城とセットで訪れた愛知県常滑市の大野城。

伊勢湾の東岸、河口に大野湊を擁した矢田川南の青海山の北面に築かれた城。
室町初期から知多半島の支配者が拠点としてきた地で、戦国期には大野湊が水軍基地に。

築城者は1350年頃の一色氏と伝わり、1400年代末からは佐治氏4代が居住。
小牧長久手の戦いの後の佐治氏追放や、水利の悪さから廃城に至ったとのこと。

現在は中央部が城山公園として整備され、本丸北側には模擬天守、南側の櫓台には佐治神社が鎮座。

実際に訪れることで、北駐車場から本丸までの比高が50m近くあり、本丸北側は巨大な堀切で青海山(現在は住宅地)から切り離され、その堀が本丸の東西に巡らされた構造であることを理解。
また古絵図によると、城山公園の東と西の尾根も城郭だったとのこと。

滞在時間は約1時間半。
今は児童公園の雰囲気が強いが、案外壮観な城だったのではないかと感じた、私の城郭巡りの190城目でした。

※写真2と5は2025年1月の撮影

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ぴーかる

大野城 (2024/05/11 訪問)

【大野城】
<駐車場他>城山公園駐車場あり。
<交通手段>車

<見所>土塁・曲輪・模擬天守
<感想>岡崎平野・知多半島ちょこ城巡りの旅9城目。大野城は南北朝時代に一色範光が築城したと思われます。一色氏は応仁の乱の後に次第に勢力を失い尾張守護の土岐氏に城を奪われます。家臣の佐治氏が入城し4代続きます。佐治一成(一説にはお江の夫、のち離縁)は小牧長久手の戦いの後に退城し廃城となったようです。
 北の駐車場からは曲輪が連段にあり、途中に櫓台のような方形の削平地も見られます。主郭の南側に空堀が見られます。主郭は狭く模擬天守、模擬天守の向かい側に櫓台跡があり佐治神社が祀られています。模擬天守内部に資料が展示されています。模擬天守からの眺望は良く、織田長益の関連は分からないが大草城が目鼻先の距離に見えます。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 丘城
天守構造 独立式層塔型[2重3階/1980年築/RC造模擬]
築城主 一色範光
築城年 観応年間(1350)頃
主な城主 一色氏、佐治氏、織田氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 市史跡(大野城跡)
再建造物 模擬天守(展望台)、石碑、説明板
住所 愛知県常滑市金山字城山他
問い合わせ先 常滑市生涯学習スポーツ課
問い合わせ先電話番号 0569-43-5111