栃木県栃木市岩舟町にある小野寺城は保元元年(1156)小野寺義寛によって築かれました。小野寺氏は藤原秀郷の流れを汲み、山内首藤氏の庶流であるとされます。また小野寺氏は多くの分流があるとされ、下野の小野寺氏が嫡流とされているようです。
城址は明治のころには土塁も残っていたようですが東北自動車道建設のために失われたとされ、周囲は畑地や宅地になっています。高速道路の東側のすこし南方に義寛(小野寺禅師太郎)の墓があります。義寛は源為義に仕えて軍功があったため、小野寺保を与えられ小野寺氏を称したとされます。義寛の子、道綱は承久3年(1221)68歳で京都宇治橋の合戦に参加し討死したと案内板には記載があります。
この日の昼食は佐野市の道の駅「どまんなかたぬま」でいただきました。名物佐野ラーメンと芋フライのセットでお得感があります。
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