かつおじょう

勝尾城

鹿児島県肝属郡

別名 : 田代城
旧国名 : 大隅

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堀切
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todo94

2025年末・鹿児島県の攻城⑨ (2025/12/28 訪問)

下伊倉城からの転戦です。本当なら根占原台場の次に攻城しておけば移動の無駄がなくてよかったのですが、零汰さんの投稿を拝見して全く時間が足りないだろうと思い、今回の鹿児島県の攻城のトリにとっておきました。登城口は田代中下バス停のすぐ近くです。鳥居をくぐってのぼるとすぐに忠魂碑が現れます。零汰さんの投稿内容、決して大げさではなく、まっすぐ尾根を進んでいるつもりがこぶのようにくっついている尾根にそれてしまったりして迷う事必定です。地理院地図で確かめながら進みましたが、携帯圏外になってしまいました。そして大量の倒竹によってなかなか先へと進むことができません。最後に控えている急峻な堀切の上り下りの連続も含めてかなり難易度は高いかと思います。

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todo94

2025年末・鹿児島県の攻城⑤【根占原台場】(鹿児島県南大隅町) (2025/12/27 訪問)

年末年始の特別投稿から、通常の投稿に戻ります。
鹿屋城からは、一路、本土最南端の佐多岬を目指しました。8月に宗谷岬にて四極到達コインのNを手に入れたので、今回はSのコインを手に入れようという魂胆です。思惑通り、コインと証明書を手に入れることができました。青空の下、本土最南端の地を訪れることができて、縄文杉トレッキングキャンセルの傷心が少しは癒されました。展望台は、前回訪れたときは廃墟のような塔でしたが、すっかりリニューアルされていました。本土最南端の地からは、屋久島を望むことができましたが、ほとんど雲の中でした。こんな好天の日でも屋久島では雨が降っているのかもしれません。帰路、根占原台場に立ち寄りました。昔に比べて案内表示や説明板、駐車場などがきれいに整備されていました。島津斉彬使用の手水鉢を確認できたのは初めてでした。ここから直行しても天文館のホテルのチェックイン時刻18時には間に合いそうになかったので、帰路は1700円を支払って桜島フェリーを利用しました。昔は1000円くらいで利用できたのですが、高速料金を支払うことを考えれば安いものだと思います。

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零汰

城びと登録本土四極城跡訪問達成 (2024/07/28 訪問)

俗っぽいですが、最西端長崎県の籠手田城、最北端北海道ヤムワッカチャシ、最東端同じく北海道ポンモイチャシの3つは訪問済。そして残った一つの最南端鹿児島の勝尾城に行きました。城びと本土四極城跡訪問の達成です。因みに離島城跡についてはタイパが悪いので還暦過ぎてから行く予定、それまで動けるうちに時間をやりくりして山城に行きたいです。今回城びと登録本土鹿児島に2か所残っていたのでその2か所とチラホラ別城跡を訪問しました。

鹿児島の城跡を400城以上行っているのですがこちらはTOP10に入るほどの過酷な城跡です。主郭迄5・600m程の距離なのですが倒竹の為に1時間を超えました。入って5分で帰りたくなりましたが地元の城なので主郭迄は行き着きたいと進みました。地元なのでバッシングしますが鹿児島は城跡の訪問や保存等に馴染みが薄くこんな城跡が数多くあります。中には整備したらきっと負けない城跡になるんだけどなと思う城跡があるのですが。唯一救いなのは模擬天守などが全く無い事くらいでしょうか。鹿児島城にも天守が無かったそうなので不思議ではないですが。

遺構としてはまともに見えませんが曲輪があり、1か所土橋があります(写真2)この土橋を見つけられなかったので先の曲輪に進む事が出来ませんでした。ですが荒れていてもやはり城跡です、東から主郭に辿り着く迄に4つの堀切を降りては登りを繰り返しました。おかげで両腕は擦り傷だらけ、倒竹を潜るときに背中にも擦り傷。おまけにタオルを何処かの枝に奪われ、腰からぶら下げていたペットボトルを紛失し主郭に辿り着くころにはグロッキー気味でした。まぁ好きで行っているので仕方ないのですケド。

地元の人間としてこちらの城跡はお勧めしません。ケガしますよ。
入口の神社とか全体の山の外観を撮る事で訪問完了とした方が良いでしょう。



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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 田代兼盛
築城年 鎌倉時代前期
主な城主 田代氏、禰寝氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
住所 鹿児島県肝属郡錦江町田代麓