【明知城】
<駐車場他>城跡東側登城口前、城跡東側道路沿い入った所奥に登城口がある。数台駐車できます。
<交通手段>車
<見所>曲輪・畝状竪掘り・竪掘り・切岸
<感想>御城印5城分購入の旅2城目。岩村城の御城印を購入後、日本大正村横の観光案内所にて明知城(白鷹城)・土岐明智城・仲ノ深山砦の3城の御城印を購入(ちなみにシールタイプです。)してから来城した。
この城はこの地方を治めていた明知遠山氏の本城であったらしく、戦国時代武田氏の東美濃進行の際に他の遠山氏の城と同じように奪われたり奪還したりした城です。岩村城・苗木城のような石垣や巨石遺構はあまり残っておらずほぼ土盛りの城です。この地域の盆地を取り囲むように御城印の残り2城で守っている感じを受けた。山城表記になっているが麓からはそんなに比高はなくて平山城という感じを受けた。
城跡はそこそこ大きく、ここも山の形に沿った曲輪群の配置、連郭式で三の丸まで、他多数の曲輪がある。見所は主郭東側の畝状竪掘り群である。畝状竪掘り群は私が見た中では大きいほうでした。近畿地方にはあまりない規模か、または遺構が残っているのを見ていないか、見応えがありました。
城跡の南西側を少し下った所に万ヶ洞神社という社があり、明智光秀の幼き頃の学問修行場所となっていたらしい。光秀生誕・出身地の説では岐阜県可児市が有力らしいが、次回投稿する土岐明智城も含めてこの地も光秀ゆかりの場所だったところがいくつかあります。
光秀抜きにしても良く整備された、大河ドラマ館があるので大河に備えて整備してました。(先達の方達の投稿写真より全然違ってました)非常に見応えある城跡でした。
<満足度>◆◆◆
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