上総一ノ宮から徒歩で15分。
模擬大手門から登って行くと武道場があります。
この辺りが主郭部のようで周囲は土塁っぽい感じで囲まれています。
遺構はあるのかどうかはなんとも言えません。
トンネルを越えて崇文門からでると一宮小学校。
今時学校の敷地内に入れるのも珍しいですね。
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2019/11/09 20:39
2019/11/09 19:54
本丸の4基の3重櫓 (2019/10/13 訪問)
今年2回目の明石城訪城です。今日は左右両櫓が内部公開されている。
昨日も両櫓が公開日だったが、台風19号の為に公開が中止になりました。
本日は巽櫓の内部公開を見るべくなんとしても来たかった。
明石城本丸には4方4隅に3重櫓がありましたが、現在南面の2櫓が現在している。
残りの2つの櫓は現在どうなっているのか?確認して見たかった。
まず、北東の位置の艮櫓は、立て看板があり、櫓の大きさは最も大きいかったと、
ボランティアの方に聞きました。
そして、艮櫓の石垣は鬼門を受ける為に扇の形になっている事を確認しました。
北西の乾櫓は立て看板は確認できなかったが、位置は確認出来ました。
大きさは最も小ぶりようです。4隅の櫓が建ち並ぶ姿を想像してみます。
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2019/11/09 19:53
2019/11/09 19:27
紅葉はまだでした。 (2019/11/03 訪問)
紅葉狙って行きましたがまだでした。
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2019/11/09 17:56
笏谷石の石瓦 (2019/10/19 訪問)
丸岡城は福井平野丸岡市街の東に位置する小高い独立した丘陵に築かれた平山城です。近世に山麓部分が増築され、周囲に五角形の内堀が廻らされていた。
独立式望楼型天守は現存天守で重要文化財に指定されています。他にも移築現存する建物として、小松市の興善寺及びあわら市の蓮正寺にそれぞれ城門、丸岡町の民家に不明門と伝わる城門が残っています。
丸岡城の天守は大入母屋の上に廻り縁のある小さな望楼を載せた古式の外観から現存最古の天守とされていましたが、江戸期の寛永年間に建造されたことが判明しました。
独立式望楼型2重3階で、一階平面を天守台に余分を持たせて造られているため天守台を被せるような腰屋根が掛けられています。屋根瓦には笏谷石製の石瓦が使用されています。
車を丸岡城に併設されている無料駐車場に駐車し、雨の中での3度目の訪城でしたが、現存天守ということもあり十分に楽しめる城跡です。
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2019/11/09 15:59
坤櫓と巽櫓がかっこいい! (2019/06/10 訪問)
6月10日に、明石城へ行きました。JR明石駅からは、かっこいい2つの櫓が見えました。この日は、巽櫓が公開になっていて、とても古かったです。また、坤櫓も見てみたいです。
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2019/11/09 15:11
♪小松の親分さんっ (2019/11/01 訪問)
小松高校グラウンドのそばに天守台だけがポツンと残ってます。
市内の来生寺に移築城門があります。
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2019/11/09 10:50
佐々成政 (2019/11/01 訪問)
こぢんまりとした城跡。
本丸虎口にある石門(?)が特徴。
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2019/11/09 10:40
残念ながら… (2019/11/01 訪問)
城郭のあった場所は越前市役所となっていて遺構はありません。
市役所建て替えの時石垣が出てきましたが、残念ながら埋められたそうです。
市内の正覚寺に移築表門があるので見てきました。
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2019/11/09 10:22
大谷吉継 (2019/11/01 訪問)
敦賀城の遺構が無く市内の来迎寺にある移築城門を見に行きました。
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2019/11/09 10:09
難攻不落の城 (2019/11/01 訪問)
麓の遺構と山頂の遺構の両方を堪能できます。
石垣や土塁。郭群など良好に残ってます。
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2019/11/09 07:38
2019/11/08 22:48
北畠氏館の詰城 (2019/11/04 訪問)
北畠氏館跡庭園を鑑賞した後、霧山城址へ向かいました。
登城口に「霧山城址1350m」の道標があり。
30分ほどで頂上の本丸へたどり着きました。
本丸など山城の曲輪は整備されており、切岸や堀切、堀が良く見て取れました。
登城道の途中では、山の機構を利用した大堀切もあり圧巻です。
登城口から本丸まで良く整備されており、安心して登れる山城(スーツで登っている方も居ました)。
北畠氏館跡と霧山城は合わせて一つの城ですね。
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2019/11/08 22:14
奥伊勢の名園(辿り着くのに...)。 (2019/11/04 訪問)
松坂で名松線に乗換え、北畠氏城館を目指し、奥伊勢に行きました。
北畠神社に入ると、石垣、建物礎石などの遺構が拝殿の横にあり、庭園は社務所で入場料を収め門の内側へ、城巡りよりも庭園鑑賞の感覚でした。
今回は、ここに辿り着くまでのエピソードを紹介します。
事前に路線を調べて、津市コミュニティバスが家城駅から北畠神社前バス停へ行っていることが判り、乗り換えようと家城駅で列車を降りました。バス停で時刻表を見ていると、道路工事の警備員の女性が「今、このバス停にバスは来ませんよ。」と声を掛けていただいて、上の道路のバス停にはバスが来るとのことなので、見に行ったら、2時間待ちでしかも乗換えだとか。一瞬茫然となりましたが、なすすべもなく家城駅へ戻ると単線の対向待ちで降りた列車が待機中。飛び乗りました。
アクセス計画が大幅に崩れ、情報も無く途方に暮れながら、終点の伊勢奥津駅に行くと駅に併設されている観光案内施設でレンタサイクルが有り、一件落着。また、このレンタサイクルは電動アシストでしかも無料!
公共交通をご利用しようと思われている方は、市民バスが現在運行されていませんので、伊勢奥津駅まで乗り、レンタサイクル(貸ヘルメット、ベストの着用が条件)をお借りするのがベストです。伊勢奥津駅から北畠神社まで途中にトンネルもある坂道ですが、自転車で約20分で到着します。以上、情報まで。
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2019/11/08 22:08
平井城
足利持氏と喧嘩した上杉憲実がここに避難し、河越夜戦で敗れた上杉憲政もここに駆け込んだ。ここは文字通り、上杉家の「隠れ家」だったのだろう。
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2019/11/08 21:46
Yes We Can! (2019/11/01 訪問)
小浜市街地から南西にある山城。
郭群、石垣、土塁、竪堀など遺構は残ってます。
小浜市にきたら小浜城とセットで訪ねたい城です。
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2019/11/08 20:43
2019/11/08 18:05
興亡常無し (2019/09/15 訪問)
「大和四家」のひとつ筒井氏の居城で、室町中期の築城と考えられますが、応仁の乱前から戦国期の戦乱の中、越智氏や古市氏、畠山義就や松永久秀を相手に落城 → 復帰が繰り返されました。筒井順慶が辰市城の合戦で松永軍を破った後は、破城となった多聞山城の石材で筒井城を改修しようとするも、織田信長の大和一国破城令により居城を大和郡山城に移すことになり、筒井城は廃城となりました。
主郭部は柵に囲まれた空地で、東側に説明板、南西部に城趾碑があります。城趾碑の近くの蓮畑が内堀跡で、菅田比賣神社の東側にかけて内堀が残っています。また、主郭北部にある光専寺の北側には外堀跡も見られます。
その他、筒井城の北東には順慶堤と呼ばれる堤防が、東部(外郭内)の八幡神社には筒井順慶公之碑が、南にひと駅行ったあたりには筒井順慶墓所の五輪塔覆堂があります。洞ヶ峠の日和見などと(史実に反して)揶揄されがちな筒井順慶ですが、地元では慕われているようですね。
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2019/11/08 15:17
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