一向一揆歴史館で残虐な歴史をしみ込ませた体で向かってしまったので登城口の山ノ内門徒衆の慰霊碑に足が竦み、その先に続く細くて暗い道にも萎えてしまいそうでしたが、歴史館の人は特に何も言っていなかったし、鳥越城と二曲城はニコイチの関係だから行っておきたいし、杖が置いてあるということは行っていいということだし、帰りのバスまでまだすごく時間あるし…と前向きに考え突入。
日が当たらないせいかぬかるみに溜まった落ち葉がバナナの皮を敷き詰めたようになっていて、歩くだけでけっこう大変でした。(杖は湿っていたので借りませんでした。)
三の郭、二の郭に繋がる左側の登城路は封鎖されていたので右の道を直進すると、空堀と石垣、土塁が現れました。とてもコンパクトですが、石垣は廃城後の長い年月の間に苔と草に覆われ、じわじわと埋もれていった感じです。その上にあった四の郭も見逃してしまいそうなくらい小さくて、そりゃ信長に対抗するには新社屋(鳥越城)が必要だよね、となりました。
その先の狭くて急な坂も歩きづらくて、太尾山城がフラッシュバック。これは「戻りなさい」のサインです。(太尾山城についてはカルビンさんのレポがそれはもう…💁♀️)
坂の先に平場がありそうだったのでそこまで行ったら熊鈴つけて(←最初からつけなさい)引き返そうと思い辿り着いたその場所は…ゴールの一の郭でした\(^o^)/
着いてしまえばなんてことなかったと思ういつものパターンですが(除:太尾山城)、一の郭に平面復元された建物跡は、ともすれば鳥越城のオマケとかついでとかになりそうな二曲城の重要性を再認識させられるものであり、がんばって登ったご褒美のようでもありました。
行きに見逃してしまった堤跡は下るときにだいだいこの辺?と思って探してみたのですが、確信が持てませんでした。
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