ほぎじょう

保木城

岡山県岡山市

別名 : 備前保木城、熊野保木城
旧国名 : 備前

投稿する
立入禁止
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征29日目:保木城 (2026/06/08 訪問)

今日の天気は曇のち15:00頃から雨の予報です。現在、雨は本降りです。
天神山城から車で30分ちょっとで、瀬戸クリーンセンターゲート付近(34.774871、134.086442)に着き路駐する予定でしたが、立入禁止で進入できませんでした。

天文年間(1532年~1555年)宇喜多氏の家臣であった明石行雄(景親)・守重(全登)父子ら明石氏の居城として築かれたと云われています。
保木城主明石飛騨守景親は浦上氏の重臣でしたが、浦上氏が宇喜多直家に滅ぼされると宇喜多氏に従いました。
景親の子が明石全登で、宇喜多氏が関ケ原合戦で改易となったのちは牢人となり、1615年(慶長20年)大坂冬の陣で豊臣方として奮戦、敗走した後に廃城になったようです。

立入禁止の写真を撮って撤退しました。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=大廻小廻山城に向かいました。

+ 続きを読む

明石全登所縁の城 (2019/06/16 訪問)

採石のため城域の西側が無くなっているのと、残りも藪化のためか、頂上の曲輪以外はよくわかりませぬ。
クリーンセンター左手の登り道を少し行き、小川を渡り、尾根に登ってから、尾根沿いに南東に行くと、二つ目のピークが保木城主郭。立ち木にテープが巻いてあり、頂上までの道表示の痕跡あるも、道の体になってません。うりんぼ3頭連れの猪と目が合いました。採石場は、操業終了して、等間隔に松の苗木が植えられてました。

+ 続きを読む

城郭情報

分類・構造 山城
築城主 明石飛騨守
築城年 天文年間(1532〜1555)頃
主な城主 明石氏
廃城年 不明
遺構 曲輪、土塁、堀切、礎石、井戸
住所 岡山県岡山市東区瀬戸町万富