JR飯田線/身延線沿線城巡り6日目の1城目は相良城です。
牧之原資料館P(34.685970、138.198127)に駐車しました。
相良城は1768年(明和5年)老中・田沼意次によって築かれました。
その前身は甲斐国武田氏によって築かれたもので、後に徳川氏の領する所となり、鷹狩りに使用する「相良御殿」となっていました。
江戸時代になると陣屋・城主格の大名が次々と入れ替わったが、本格的に城が築かれたのは、将軍の側用人から後に老中まで出世した田沼意次によってだそうです。
田沼は老中時代に5万7000石を領していたが、老中を辞して失脚すると家督を継いだ孫の意明は陸奥国下村で1万石となり、相良城は破却されました。
1823年(文政6年)意次の二男意正が相良に1万石を与えられ、相良城の二の丸に相良陣屋を築き明治まで続きました。
1868年(明治元年)徳川宗家が駿府70万石に移ったため、相良藩田沼意尊は上総国小久保へ転封となって移ったそうです。
朝早いので牧之原資料館は開いていませんでした。どしゃぶりの中、石垣を見落としました。
史料館前に、田沼意次像と徳川家達書の城址碑がありました。そこから、徒歩で約5分のところの相良小学校校門のところに、土塁と松がありました。
攻城時間は20分くらいでした。
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