いおうやまじょう

医王山城

岡山県津山市

別名 : 祝山城、岩尾山城
旧国名 : 美作

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①本丸
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征12日目:医王山城 (2026/05/22 訪問)

有元城から車で20分ちょっとで、岩尾寺(35.130543、134.065355)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、南北朝時代以前に上道是次によって築かれたと云われています。
南北朝時代には山名氏と赤松氏が美作の地を巡って争っていたため、山名忠重が在城していました。
1554年(天文13年)尼子国久が備中を経由して美作に侵攻し、浦上宗景に属していた岩屋城や小田草城を攻め落として引き上げました。
戦国時代、毛利元就が尼子氏を滅ぼすと毛利領となり、湯原春綱らが在番していました。
1579年(天正7年)宇喜多直家は織田信長に通じて毛利氏と敵対、羽柴秀吉とともに医王山城を攻めています。
その後、備中高松城の落城後に秀吉と毛利氏の間で和睦が成立すると宇喜多領となり、直家は有事に備えて城を修復しています。

登城口は岩尾寺にあり登山道が整備され、案内板が設置されています。杖もありました。
曇空でしたが、主郭からの見晴らしはいいです。土塁や堀切などの遺構も確認することができます。
時間の都合&熊が怖いので本丸で折り返し、倒木荒地方面の堀切や畝状竪堀群は見に行ってません。
下山寺、足の踏ん張りがきかず3度転びそうになりました。(長い遠征で足も悲鳴を上げているようです)
攻城時間は45分くらいでした。次の攻城先=岩屋城に向かいました。

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赤い城

ラスボス征した後に (2025/03/09 訪問)

矢筈城で満足した後もう1城。
ということで医王山城です。
美作と因幡をつなぐ街道の要衝で南北朝時代以前より残っています。

岩尾寺の裏手に駐車場があり、すぐに登城口があります。
ここにも熊出没注意の看板があります。
急な九十九折りの坂道を登り、途中の薄い堀切を経て20分くらいで主郭に到着。
主郭には虎口があり、石垣が守ります。
また、眼下には湾曲した加茂川の流れを望みます。

虎口からまずは北側の尾根を降ります。
浅い堀切がありますが藪で不明瞭、この先は塩屋ケ城へと尾根道が続いているようです。

引き返し南側へ、主郭の土塁は石積で補強されていました。
さらに二の丸、三の丸へと進みます。
三の丸には素敵な土塁が残っています。
この先がこの城のメイン、石垣を経てまずは見事な大堀切からの竪堀。
大堀切は岩盤を削ったものでした。
さらには放射状に落ちる畝状竪堀。
南側の備えは強固なものになっています。

南北朝時代以降山名、赤松、尼子、浦上、毛利等相次いで支配者が代わった城です。
毛利の時代には秀吉と宇喜多の軍に攻められましたが2年に渡り死守。
落ちることはありませんでした。

メインディッシュの矢筈城でお腹いっぱいかと思ってましたがデザートは別腹でした。
2週前の鍛錬の成果かな?

【見どころ】
 ・主郭虎口の石垣
 ・主郭土塁を支える石積
 ・三の丸の土塁
 ・三の丸下の大堀切と竪堀
 ・放射状に落ちる畝状竪堀

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小城小次郎

いいところにあるいい城だと思う (2021/05/03 訪問)

小さな山城だが南北朝以来の歴史を有し、石垣もあれば瓦も落ちている。主郭周辺は草も刈られて眺望もよく、麓の集落には戦前からの駅舎が現役で活躍し鉄の人を唸らせる。知名度は高くないがいいところにあるいい城だと思う。

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織田晃司

因美線沿いの山城 (2020/10/18 訪問)

岩尾寺裏の登城口より登城。
主郭の虎口は見どころ。

因美線沿いに北上すると美作のラスボス級の山城・矢筈城があります。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 上道是次
築城年 南北朝時代以前
主な城主 山名氏、三好氏、湯原氏、宇喜多氏
廃城年 天正9年(1581)頃
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切、畝状竪堀、虎口、枡形虎口
指定文化財 市史跡(医王山城)
再建造物 碑、説明板
住所 岡山県津山市吉見1609他
問い合わせ先 津山市教育委員会文化課文化財保護係
問い合わせ先電話番号 0868-24-8413