南北朝後期に波切九鬼氏初代・九鬼隆良が居城として築いた城で、四代・泰隆が居城を田城城に移した後も拠点として存続しました。九鬼嘉隆は波切城の生まれとされ、波切城主として田城城の兄・浄隆とその子・澄隆を支えましたが、後に本拠地を鳥羽城に移したことにより波切城は廃城となりました。
志摩半島東南端の大王崎の突端に位置し、太平洋を見下ろす断崖の上に築かれています。主郭は展望公園(八幡さん公園)として整備され、北辺に土塁、北西部に虎口が設けられ、北辺の切岸にはわずかに石積みも見られました(遺構か後世のものかはよくわかりませんが)。虎口の下には城址碑(小さな説明板付き)が建てられています。
なお、主郭から東に徒歩1分の大王埼灯台からは海に突き出た岬の断崖絶壁の上に築かれた主郭と北辺の切岸が一目瞭然で、この日は天気も良かったため、夏空のもと視界いっぱいに広がる太平洋といい、有料(大人300円)ながらも、それ以上の価値がありました。時間に余裕がある方は、灯台の隣の大王埼灯台ミュージアムもどうぞ。少しだけですが波切城についても触れられています。
また、灯台から北に徒歩3分の仙遊寺は波切九鬼氏三代・隆次が菩提寺として建立した寺で、境内奥には隆次、泰隆ら波切九鬼氏の五輪塔が安置されています。
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