飯野陣屋から転戦。車で20分くらいで着きました。
南側城址入口の駐車場(35.263682、139.896085)に駐車して攻城しました。
佐貫城は真里谷武田氏が最初に築いた城です(文安年間に関東管領上杉氏の家宰・長尾氏によって築かれていた説もあり)。
浦賀水道を挟んで三浦半島に臨むという交通の要衝であることから、里見氏と北条氏の間で激しい争奪戦が繰り広げられました。
1537年(天文6年)以降のある時期に安房里見氏の支配下に入ると、里見義弘が拠り、久留里城と共に真里谷氏及び後北条氏への最前線として重要な役割を果たしたそうです。
ただし、近年の古文書研究により、後北条氏が同城を占拠して城代を置いていた時期も存在していたことが判明しています。
徳川家康が関東に入封すると譜代の内藤家長が城主となります。
その後は桜井松平氏、能見松平氏が治め、柳沢吉保が継いだあと、一時期廃城となりますが、1710年(宝永7年)に阿部正鎮が三河刈谷から入封して佐貫城を再興、以後は阿部氏歴代の居城として、明治維新まで162年間にわたって佐貫藩を治めました。
現在も城址には石垣や堀、曲輪跡などの遺構が残っています。
南側城址入口の駐車場に車を停めて攻城。堀切、空堀、土塁、土橋が素晴らしかった。
攻城時間は40分くらいでした。
+ 続きを読む










