小浜城から転戦。車で20分くらいで着きました。した。
万木城跡公園の駐車場(35.298072、140.325342)に駐車して攻城しました。
駐車場までの路はかなり狭く急坂で軽だとアクセル全開でなんとか着きました。急坂手前に公衆トイレ付駐車場有ります。
伝承では応永年間に摂津国から移った土岐時政が築いたとされています。(戦国時代に美濃国からきた土岐氏によって築かれたとされる説もあり)
だが、上総土岐氏の系譜は不明な点が多く、築城年代および築城者は不明です。
明応年間前後に土岐頼元が活躍し、後に上総土岐氏の菩提寺となる海雄寺を創建したとされています。後年の小田原攻めの際には土岐氏の兵力は1000騎とも1500騎とも伝えられています。
土岐為頼の時代には里見義堯と婚姻関係を結んでいましたが、第二次国府台合戦で里見氏が敗北すると、離反して以後は北条氏に一貫して君従しています。
このため、万喜城周辺はしばしば里見氏や上総武田氏の侵攻を受けました。
特に土岐頼春(為頼の子)の代の1588年(天正16年)から1590年(同18年)にかけて里見氏による3度の攻勢が行われるが、いずれも土岐氏の勝利に終わっています。
1590年(天正18年)の小田原攻めにおいては北条氏に味方したことから、本多忠勝が率いる徳川軍に攻め落とされ、土岐氏は滅亡しました。
その後、徳川家康の関東入封後、忠勝が大多喜城に入る前に一時的に万喜城を居城としていた可能性があるとされています。
現在は万木城跡公園として整備されており、本丸跡に建てられた天守風の展望台からは太平洋が一望できます。
また、毎年5月3日には満開のツツジにあわせて300本の鯉のぼりが雄大に泳ぐ「万木城まつり」が開催されるそうです。
天守風の展望台から妙見台方面に行こうとしましたが、倒木の為、危険でロープが張ってあり通行不可。
南部の尾根や北の郭を確認したかったのですが、今回は時間の都合でパスしました。
攻城時間は30分くらいでした。
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