城址は高校や公園になっているが、大手門と赤門(鹿島高校正門)が現存する。二つの門の間の道路は緩やかに登りながらカギ型に数回折り曲がっており、石垣、水堀、土塁、武家屋敷跡なども残る
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2026/02/11 11:24
20190916鹿島城(佐賀県鹿島市) (2019/09/16 訪問)
城址は高校や公園になっているが、大手門と赤門(鹿島高校正門)が現存する。二つの門の間の道路は緩やかに登りながらカギ型に数回折り曲がっており、石垣、水堀、土塁、武家屋敷跡なども残る
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2025/11/27 15:11
14年振りの再登城 (2025/10/27 訪問)
竹崎城を終えて肥前鹿島城へ、14年前に登城した折りのDVD保存写真が再生不可能(読み取りできず)となり、いつかタイミングを見て写真保存のために訪ねたいと思っておりましたが、今回の鳥取城復元中ノ御門桝形渡櫓、福岡城三の丸復元潮見櫓、軍機震電、二式大艇探訪見学の10日間の探訪企画に島原半島経由で肥前鹿島城を入れて企画しました。
国道206号線を佐賀県鹿島市方向へ約直線で20km程、経路で25km程で目的の駐車場に到着、諫早湾干拓堤防道路でショートカット出来たお陰かまだ陽も残り写真撮影は大丈夫、急ぎ足で探訪撮影。
駐車場:鹿島城跡本丸東下段下の城内公園駐車場を利用。
参考資料:余湖図コレクションさん城郭放浪記さんグーグルマップに依る。
ルートは、駐車場城内公園➡本丸東下段郭の北東虎口櫓台石垣➡東下段郭北側、内堀を北から南に眺めて➡本丸北側内濠、赤門、表裏観察➡北東の陣屋跡➡下段東下郭北東虎口に戻り➡下段下の東側高石垣を下の通りより北から南へ、南東角の石垣を観察➡武家屋敷通りを探訪して➡本丸東下段郭の南側途中階段から郭内へ➡松陰神社参拝、三の鳥居、二の鳥居、一の鳥居を通って駐車場へ、暗くなり車で➡北側の大手門を観察探訪、暗くなりフラッシュ撮影。
取り敢えず肥前鹿島城の写真を50枚保存管理する事が出来ました。
この後は明日の肥後と天草島未踏の城、再登城の為に予約した宇土のホテルへ直行。
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2025/04/14 16:53
現存の赤門と大手門 (2025/02/27 訪問)
嬉野温泉から中川(鹿島)行バスで向かいました。終点の「中川」のバス停から徒歩10分ほどです。鹿島へは佐賀からも鉄道・バスでアクセスできます。
鹿島城は現在、本丸は佐賀県立鹿島高校(赤門学舎)になっていますが、高校の周囲は旭ヶ岡公園として整備されているので、そこを目指して見学をスタート!!
中川のバス停から西に市街地を少し歩くと、鹿島城大手門があります。なんと大手門は現存。大手門前には、水堀と石垣もあり、城の雰囲気が一気に漂ってきます。大手門をくぐると、公園まで鍵の手状の坂道になっていました。道中には、ところどころ遺構があり、鹿島高校(大手門学舎)の校門近くにも、石垣がありました。
旭ヶ岡公園に入ると、正面に現存の赤門があります。赤門は現在、佐賀県立鹿島高校(赤門学舎)の校門になっています。高校の周囲には水堀が残っています。
また赤門のそばには、鹿島城赤門野外博物館 と銘打った説明板群があります。鹿島城の縄張り図や鹿島の歴史などが記された説明板が12個設置されています。縄張り図があるのは、本当にありがたかったです。
旭ヶ岡公園の東側に向かうと、大規模な石垣が残っており、迫力満点でした。楠社の北東側には櫓台と考えられる石垣も残っています。
櫓台の所から旭ヶ岡公園を出て、少し北に進むと、空堀跡があり、道路脇に土塁が残存していました。また本丸南側に行くと、鹿島藩家老の原氏の武家屋敷棟門が現存しています。
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| 分類・構造 | 平城 |
|---|---|
| 築城主 | 鍋島直彜(なおのち) |
| 築城年 | 文化4年(1807) |
| 主な城主 | 鍋島氏 |
| 廃城年 | 明治7年(1874) |
| 遺構 | 曲輪、門、櫓、石垣、横堀(水堀) |
| 指定文化財 | 県指定(赤門、大手門) |
| 再建造物 | 説明板 |
| 住所 | 佐賀県鹿島市高津原字城内(鹿島高校) |
| 問い合わせ先 | 鹿島市まちなみ建設課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0954-63-3415 |