<オススメ>★★☆☆☆
持船城は駿府防衛のための重要な拠点として築かれた。足利義輝に仕え、没後に駿河に下り今川氏の御伽衆として活躍した一宮随波斎が城主を務めた。その後、今川義元の妹婿である関口親永が城に入る。桶狭間の戦い後、武田信玄による駿河侵攻により落城する。武田氏城代として武田信玄に招かれた向井正重・政勝らが入った。駿河湾に面していることもあり、水軍の城としての機能を持っていた。1579年、徳川家康の駿河侵攻により牧野康成らに攻められ、向井正重らは討死及び落城する。翌1580年に、武田勝頼によって再度奪還され、朝比奈信置が城代となった。武田氏滅亡に伴い廃城となる。現在、土塁等が遺されている。*JR用宗駅付近が舟溜りとして使われていたとされる。
<アクセス>
JR用宗駅 徒歩20分
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