蒲池城からの転戦です。女山神籠石入口付近(33.162689、130.519584)に路駐し、女山神籠石を確認した後、九州オルレみやま駐車場(33.163305、130.510459)に向かい、水門を確認しました。
遺構は南山腹部分に伸びる列石と土塁、そして西山麓に残る水門です。
水門は以下の4つがありますが、時間の都合で2つ(①横尾谷水門、②長谷水門)のみ見学しました。
①横尾谷水門(33.165450、130.512737)
②長谷水門(33.164320、130.512730)
③源吾谷水門(33.163300、130.512388):消滅
④産女谷水門(33.160896、130.512598)
詳細は不明です。663年(天智2年)に唐・新羅軍と対峙した日本と百済の連合軍は白村江の戦いにおいて大敗しました。
その後、大陸からの侵攻を恐れ西日本各地に築かれた古代朝鮮式山城の一つと考えられています。
九州オルレみやま駐車場の先に八楽会教団の立派な模擬天守がありました。
山麓の水門は入口に道標が出ています。
攻城時間は移動時間を含めて50分くらいでした。次の攻城先=大津山城に向かいます。
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