JR飯田線/身延線沿線城巡り6日目の8城目は持舟城です。
花沢城から転戦。城跡駐車場(34.924851、138.360871)に駐車しました。登り口(34.924362、138.359222)まで徒歩3分くらいです。
はじめ今川氏の属将であった一宮元実によって天文年間に築城され、駿河守備の重要な支城として重用されたと伝わっています。
今川義元の妹婿である関口親永らが城主を務めました。しかし、桶狭間の戦い以降、今川氏が衰退すると、1568年(永禄11年)駿河国侵攻した武田信玄らによって攻められ落城しました。
武田氏城代として三浦義鏡、および武田水軍に招かれた向井正重らが入り、駿河湾に面していることもあり、水軍の城としての機能を持っていました。
新しく湊が作られ、現在のJR用宗駅付近が舟溜りとして使われたらしく、そのころ城名として「持船」の通称がついたといわれています。
1579年(天正7年)徳川家康の駿河侵攻により牧野康成らに攻められ、落城。城代の三浦、向井らは揃って討死してしまうが、すぐ翌年には武田勝頼らによって再び奪い返されて再建し、朝比奈信置が城代となります。
1582年(天正10年)甲州征伐によりまたも駿河に侵入した徳川家康により再攻撃を受け、降伏。城代朝比奈信置は久能山に退き、この際に廃城とされたと伝わっています。
城址駐車場より主郭へ。主郭北側を降りた場所に2段の曲輪がありました。強雨の為、撮った写真はピントずれまくりで、投稿できる写真は少ないです。
攻城時間は25分くらいでした。
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