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じゅんじん

美里会館 (2022/01/02 訪問)

美里会館が陣屋跡になります。石碑がありました。

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じゅんじん

ときはいま (2022/01/02 訪問)

雪山でした。やはり健脚コースは登りがいがあります。遺構もありますしね。眺めも最高!

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やなぎぶそん

四国一周バイク旅 (2013/11/02 訪問)

ツーリングで訪れました。自身2つ目の現存天守となりました。

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やなぎぶそん

陣屋門は圧巻 (2021/12/30 訪問)

見事に復元されており陣屋門と堀だけでもとても見応えがあります。また、三日月といえば山中鹿之介を思い浮かべますが、地名の由来は、悪さをした豪族たちを罰するため、水に浸けの刑にした場所であることからきているそうです。

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やなぎぶそん

赤松家および尼子家滅亡の城 (2021/12/30 訪問)

2つの名家が滅亡するなど短期間に2回もの大規模な戦いがあった悲劇のお城です。お城自体は比較的小規模ですが、堀切、竪堀など見られ楽しめます。本丸には赤松政範の墓がありエモーショナルな雰囲気が感じられます。

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やなぎぶそん

入山禁止 (2021/12/30 訪問)

登山口まで行きましたが、入口は封鎖されていました。一般の人は入山できないようで、地元の観光ガイドツアーに申込すれば入山は可能です。

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モト

僅かに残る石垣に大興奮 (2021/05/06 訪問)

本丸跡に残る石垣に興奮してしまいました。
僅かではあるんですが、こういう石垣ってらしくて見応えあると思います。
残った石垣から昔はここにも石垣があったんであろう、ここが堀かなど想像しながらの攻城でございました。
本丸跡には案内板がありました。

近隣では二本松城が有名ではあると思いますが訪れた際にはぜひ小浜城も寄ってみてください。
ついでに寄ったつもりでもそれ以上の満足を得られるのではないでしょうか。

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todo94

城カード櫓シリーズ (2021/11/23 訪問)

田幡城から歩いてアプローチしました。無事、城カードを手に入れて西北隅櫓まで脚を伸ばし乃木倉庫、御深井丸展示館もチェックできました。勿論、本丸御殿にも入ってきましたよ。重文の竹林豹虎図を拝むことが出来ました。櫓内部の公開は残念ながらありませんでした。

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今年初めての夜間天守公開に行って来ました。 (2022/01/10 訪問)

本日、夜間天守公開に行ってきました。
今年は初めての夜間攻城となりました。
夜間に見る彦根城は、昼間とは違って何か幻想的に見えました。
ところでにのまるさん、あれから大和郡山城に行かれたのですね。
昨年、復元したばかりでなので美しくこれからの大和郡山城の新たなシンボルになることでしょう。
本日は、彦根城クイズに答えて下さい。
彦根城天守閣に纏わるクイズです。
先ず一つ目は、彦根城天守閣はある天守閣を解体して移築されたものです。
その天守閣とはどこでしょうか?
二つ目は、その天守閣は元々5重天守でしたが今の彦根城の天守は3重天守ですよね。
どうして3重天守にしたのでしょうか?
3つ目は、彦根城天守は3重天守ですが多彩な破風で飾られ、3階部分には高欄付きの回り縁がぐるーと張り巡らされ、2階に加えて3階部分にも花頭窓があしらわれいます。
どうしてこんなにも飾り立てたのでしょうか?
以上です。
一昨日と昨日の講演会の内容については、後日の報告と致します。
写真には、本日撮影したのと昨年撮影したのとが混在しております。

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ばばよ

現地に城情報なし (2022/01/09 訪問)

みなさん記載されている通り、現地には頼朝の布陣伝承地の説明板はありますが、城に関する説明板も記念碑もありません。
北区のウェブサイトの歴史文化財リストにも記載がありません。
(平塚城は伝承地の説明板があるため、文化財リストにも記載があります)
遺構も消滅しているため、「ここが本当に城跡なの?」という感じです。
自分のように薄い知識しかない人間には城びとの登録やみなさんの投稿がないと確かめようがない感じです。うーむ。

●アクセス JR京浜東北線王子駅徒歩10分

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まーやん

衣笠城合戦の地 (2021/12/19 訪問)

京都の人が思い浮かべる衣笠と言えば立命館のあるあたりか元広島カープの鉄人衣笠祥雄。(平安高校出身)

源頼朝の挙兵に応じた三浦氏は敗北を知りこの地に撤退したが、畠山率いる平氏側に攻められ城を跡にする。大河に出るだろう。多分。

2つの河川に挟まれた高台にあり、大善寺という寺の駐車場に車を停めさせていただき行ってみた。
順路沿いに様々な道標があり面白い。
詳しく分からないが、山頂あたりには曲輪の跡らしきものが二、三確認でき、井戸は今も水を湛えている。(井戸の写真飛んじゃいました💦)

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まーやん

三浦市役所なり図書館なり (2021/12/19 訪問)

城跡には市の公共施設が諸々建っています。もしくは更地です。
確かに城山ぽい高台。でも痕跡はどこだ?と、図書館で史料を探したが、グラウンド横の石碑のみ確認(^-^;)
いい城なのでもっと整備すればよいのに。

ここは三浦氏の後、後北条氏の水軍の拠点とし安房里見氏と対峙したとのこと。

その後港の方に下りマグロを頂きました🤭

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朝田 辰兵衛

貴船神社の他にも… (2021/12/18 訪問)

貴船神社の他にも,戸越公園説があったので行ってみました。熊本新田藩主細川利重の下屋敷となっていたとのことで,立派な薬医門が鎮座していました。池もかなり広かったです。

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まーやん

三浦大根の畑を越えて (2021/12/19 訪問)

3年ぶりのお城エキスポも展示は初日で行き尽くし、2日目は講演までの間、鎌倉殿関連の史跡を探してみた。

ここは三浦氏滅亡の地と伝わる。前後の北条氏に関わった盛衰ぶりが因果に思える。

城跡の主要な史跡は東京大学三崎臨海研究所内にあり立ち入り禁止で曲輪には入れなかったが、堀切や土塁らしきものは確認できる。三方を海に囲まれた要害で陸路も引橋一ヶ所のみだったとのことで、早雲の攻撃から3年間籠城したことにも頷けた。

マリンパーク駐車場西端から富士山が望め、油壺湾にはヨットが行き交う様は風光明媚この上ないが、油壺の名の由来にはゾッとする。

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くっしー

見どころはワッフルだけじゃない (2021/01/08 訪問)

ずっとずっと行きたかった山中城に念願かなって行くことができました。
北条氏が敵の攻撃を防御するために築いたお城なんですが、
なぜこんなに美しいのでしょうか?
見せることを意識した江戸時代のお城よりもこのお城のほうがよっぽど美しいような気がします。

まあ、復元の仕方が素晴らしいというのもあるんでしょうね。
かなり昔から史跡指定されていますし、地元の人たちが愛情をもって守っているような気がします。

見どころはもちろん西の丸・西櫓周辺の障子堀・格子堀なんですが、
各曲輪の土塁、二の丸の虎口、本丸からの景観、岱崎出丸からの景観、そして美しい縄張全体など見るところはたくさんあります。
それほど広いわけではないのですが、見どころ満載だったのですべて見てまわるのに2時間以上かかりましたよ!!

ちなみに、駐車場の横に案内所兼売店があるのですが、ワッフルが売っていたので思わず買ってしまいました(笑)

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くっしー

見どころはデカい空堀 (2022/01/09 訪問)

北条早雲の最初の城ということですが、
その後に多くの人物が城主になっており、
江戸時代の初めまで使われているので、
早雲の時代の遺構はどこまで残っているのかな?
という目で踏査しました。

あくまで個人的な感想ですが、土塁とかどデカい空堀は北条時代のものが生きているのかなぁ~
という感じです。
自然の尾根を上手く利用しているというのは中世っぽいですよね。

江戸時代の絵図が残っていて、
尾根上に「天守台」と書かれていますが、
実際に見てみるとただの櫓台程度の大きさしかありませんね。
(天守台とは別に櫓台と書かれているスペースもあります。)

しかし、沼津市がしっかりと整備している様子が伝わってきました。
貴重な文化財が人々に周知されるような努力がなされ、誰もが訪れやすいように整備されている姿は素晴らしいなと思います。

車は二の丸まで入ることができます。
そこから天守台までは徒歩10分です。
大空堀にも降りれるように階段が整備されていますよ!!

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赤い城

塚原城 茨城県鹿嶋市 (2021/12/26 訪問)

剣聖、塚原卜伝が一時時居城としていた城。
卜伝といえば幼い頃見てたドリフのコントで登場していました。
あの鍋蓋の件は創作のようですね。ちょっと残念。
卜伝の墓に車を駐めて少し先の登城路から行くことができます。
畑の中の低い位置に案内板がありました。
その通りに進んでいくと長い堀底道が。
常陸の城の特徴でもあります。
崩落により立入禁止の部分もありますが遺構は良好に残っていました。
夏は藪だと思われます。
2021年の城納めでした。

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ぴーかる

小谷城 (2021/12/25 訪問)

【小谷城】
<駐車場他>公民館駐車場に駐車
<交通手段>車

<見所>竪堀・横堀・堀切
<感想>赤松氏の城びと登録の山城も本城の城山城・置塩城を残し、だいぶ攻め取ってきたので今シーズンは本格的な攻城を開始しようとこの日は赤松氏に関連する3城を攻めました。
 小谷城は応永年間(1394~1428年)に赤松満祐の義弟にあたる上原祐政が築城したとされます。嘉吉の乱ののち赤松氏は一旦衰退するのでその間は不明、応仁の乱ののち赤松祐尚が城主となり小谷城と麓の祐尚山陽松寺を再建します。秀吉の播磨攻めによって小谷城ものみ込まれたと思われます。
 陽松禅寺手前の公民館の駐車場に駐車するのがベスト、登山道は陽松禅寺脇から入ります。お寺の裏に1541年に尼子氏が攻めて来た時に戦死した兵の墓碑・五輪塔と赤松祐尚の追善墓があります。ゲートを開けて入山します。山の中腹に数段の連郭があります。主要部は東西に伸びた小曲輪の連郭の縄張りで主郭は東端にあります。南側全体に横堀を設けて見応えあります。北側には畝状竪堀を配してしたようですが現状は全く分かりませんでした。主郭の東側の堀切・南北にある竪堀は明瞭に残っています。城跡は地元小学校の協力や保存会の方々で非常に綺麗に整備されています。主郭の東屋に登城スタンプ等があります。

<満足度>◆◆◇
<小谷石仏>公民館の東に5分程度の所に小谷石仏という鎌倉時代に彫られたという石仏があります。

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カズサン

見所満載の崖城 (2011/06/19 訪問)

 10年前の平成23年6月中旬、杉山城を終えて鉢形城を初登城、河出書房新社「戦国ドキュメント戦国の城」藤井尚夫著を購入し鉢形城の戦国の城を復元するを読み是非とも見学探訪したいと思って居り今回の川越城、杉山城の最終に企画組み込みました。

 著者の藤井さんとは仕事でお付き合いが一時期有りましたので思い入れはなおさらでした、寄稿文の復元実物大櫓門が鉢形城歴史館に展示されてるとの情報で車は鉢形城歴史館の専用駐車場を利用。

 歴史館に入り目的の実物大櫓門を見学観察、欅の角材を組み立て、門扉は透かし扉、上階はオープントップで櫓の部分がせり出してる、櫓には武者人形が弓矢で威嚇してる、大変見応えが有ります、鉢形城の立体模型も素晴らしい、城郭エリアが結構広い、発掘調査した所まだ未発掘の所と有る様です。歴史館だけでも大満足でした。

 現地城跡探訪は歴史館の裏手から深沢川を渡り、土塁にエドヒガン桜の大木が葉っぱを茂らし、桜の時期は綺麗に咲く様を想像します、本曲輪を横断してる道を渡り本曲輪荒川方向へ結構広い、荒川の崖を望むが樹木が茂り良く観えない、笹曲輪はパス、本曲輪下の伝御殿曲輪を通り二の曲輪へ、伝御殿下曲輪もパス、二の曲輪、馬出曲輪、同石積土塁確認、木橋の架かった虎口、空堀と畝、土塁の折れをも確認、井戸跡も確認、家内も一緒に探訪してましたが四葉のクローバーを見つけしばし一緒に探しました何個か見つけ押し葉にして娘や孫にプレゼントへ。
 
 三の曲輪、伝秩父曲輪とも、発掘調査復元整備され復元建物、復元庭園、西側に三段~五段の復元石積土塁を構える、南側に復元四脚門と続き土塀、南側に枡形の構え、西の土塁虎口が有り馬出に土橋で続き堀も構え、馬出は現在神社が鎮座、大手、伝逸見曲輪、池方向は良く分からずパス、帰りは深沢川別の渡道を通って東側の外曲輪土塁を確認見学して歴史館駐車場へ戻る。
 約2時間大満足の初探訪でした、写真は100枚以上撮りパソコンに良さそうな半分登録し更に10枚に絞るのが一苦労でした。
 最近の投稿では発掘調査も進んで居るようですので発掘成果を確認して又訪ねたいものです。

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todo94

祝日の小学校 (2021/11/21 訪問)

祝日の小学校は当然閉ざされていました。カルビンさん同様、小学校を1周し田幡公園を確認したと云うことでお許しください。

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