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カズサン

初登城保全整備が素晴らしい (2011/06/19 訪問)

 10年前の平成23年6月中旬、川越城と小江戸川越黒漆喰土蔵造り町並み散歩を楽しんだ後、平成18年頃学研の「戦国の堅城」を購入し香川元太郎画伯の想像俯瞰図を観まして何時かは登城したいと思って居りましたが今回やっと叶いました。
 車は麓の積善寺駐車場を利用させて頂きました。

 草刈り、杉林の伐採等がしっかりと出来て居り且つ要所要所に絵図入り案内解説板が有り、観察見学がし易く大変ありがたく素晴らしい山城でした。保存会の方々に感謝申し上げます。

 探訪ルート:出郭、案内板横にパンフレットボックス有ゲットする。⇒大手虎口、外郭⇒馬出郭、外郭との間に木橋が有った様。⇒虎口を通って南3郭へ、3郭の東の切岸、堀の折れが素晴らしい。⇒南3郭⇒南2郭食違い虎口⇒井戸廓⇒南2郭東虎口⇒本郭東切岸横堀帯郭⇒本郭東虎口⇒本郭、内部、土塁、案内板、本郭より東2郭、東3郭を見る⇒本郭西虎口、土橋⇒北2郭、北3郭方向を眺める。⇒本郭西切岸、横堀、更に西下の横堀を見る。⇒井戸郭、井戸跡、井戸跡帯郭⇒南2、3郭西下横堀道を通って⇒馬出郭、外郭から大手出郭に戻る。
 約1時間の探訪で家内もよく付き合って呉れました。

 歴史:杉山城はこれまで高度な築城技術から後北条氏の城として広く認識されてましたが、学術的な裏づけは有りませんでした。そこで嵐山町では、比企中世遺跡検討委員会の指導を得て平成14年から18年度にかけて5次の学術発掘調査を実施しました。その結果、城跡の城跡の年代が15世紀末から16世紀前半で有り、後北条氏の時代でなく、それ以前の関東制覇をめぐる山内・扇谷両上杉氏と古河公方による三つ巴の抗争が繰り広げられていたなかで山内上杉氏により造られた城であったことが分かりました。
 こうした学術的な成果により、高度な築城技術、良好な保存状態で当時の政治・軍事の様相を良く示してる事が評価され「比企城館跡群」の一つとして平成20年に国史跡に指定される。
 (埼玉県比企郡嵐山町文化スポーツ課作成のパンフレットに由る)

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水戸駅より (2022/01/09 訪問)

 水戸駅から徒歩にて登城しました。
以前に来た時と比べると大手門や二の丸隅櫓が復元され整備されている印象です。私としては、この城の魅力は空堀や土塁であると思っています。水郡線の通っている本丸と二の丸の間の空堀が好きです。

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 河和田小学校など (2022/01/08 訪問)

天徳寺、報仏寺、河和田小学校周辺を散策しました。空堀や土塁を見ることができますが、私有地となっている所もあり、日没も近かったので全部は見れていないと思います。

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竹隈市民センター (2022/01/08 訪問)

 水戸市竹隈市民センターの角に石碑があります。遺構はありません。
常照寺(吉田城跡)からぶらぶら歩いて登城しました。

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常照寺 (2022/01/08 訪問)

水戸駅から茨城交通のバスに乗り朝日町二区バス停で下車して登城しました。常照寺付近が城址で空堀などが一部残っています。

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思ったより広大な城 (2022/01/08 訪問)

 かなり上まで舗装された道路があり車で行くことができます。そこから主郭までは道が整備されていて最初の堀切まで3分くらい、主郭までは15分弱くらいで行くことができます。縄張り図を見ていて主郭背後の堀切へ行きたかったのですが、最初は道がわからりませんでした。主郭から下を覗くと白いロープが見えて何とか下る道を見つけることができました。ただ大きな倒木が堀切に横たわっていたのは少し残念でした。北東部の堀切を3条確認しました。南西尾根の曲輪群を見に行こうとしましたが藪でわかりません。日吉神社方面の東郭へ行き堀切を確認しましたが道は荒れていました。駐車スペースの想定図を見ると北にも曲輪があるとのことで、思ったより城域は広いのでしょう。時間があれば各方面を探索したいとも思いましたが、最近では藪こきはしない、無理はしないと決めているので、できる範囲で散策して来ました。

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太田小学校 (2022/01/08 訪問)

 太田小学校の敷地内に石碑がありますが、塀の外からでも十分に写真を撮ることができました。

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瑞竜中学校 (2022/01/08 訪問)

 瑞竜中学校が跡地です。石碑が敷地内にあるのですでどうしようかと思いましたが、土曜日でしたが、部活で生徒さんが来ているらしく中に入ることができました。職員の方を見つける前に石碑を発見してしまい、さらりと写真を撮って退散しました。

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蒼龍寺 (2022/01/08 訪問)

 南酒出駅より登城しました。蒼龍寺の入口が駅の反対側にありましたので15分くらいかかりました。見学できる城域はそれほど広くないのですが、概ね整備されていて深り空堀などを楽しむことができます。

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阿弥陀寺より (2022/01/07 訪問)

 阿弥陀寺から登城しました。
道も城址も概ね整備されていて散策しやすかった。空堀と土塁を楽しむことができます。思ったより広範囲に遺構がありました。

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石神城址公園 (2022/01/07 訪問)

 石神城址公園となっていて整備されています。
空堀と土塁がよく残っていて楽しませてくれます。一部は藪や倒木で見学しにくいところもありましたが、概ね良好な状態で散策できました。昔は久慈川と湿地帯に守られた城だったとのことですが、雰囲気はわかります。

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todo94

新型コロナウイルス感染症が落ち着いているうちに (2021/11/23 訪問)

勤労感謝の日を利用して前泊で名古屋に乗り込み。尾張の城めぐりを企図してみました。前田城は前田利家ゆかりの城なのだそうです。前田速念寺に城址碑やら説明板やらなかなかのアイテムがそろっていて意表を突かれました。

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ヒロケン

彦根城パート2 様々な石垣の工法 (2022/01/04 訪問)

彦根城は国宝天守の他、国重要文化財が多数残っており、建造物が有名ですが、石垣についても様々な工法の石垣があり、石垣好きの私の目を楽しませてくれています。5年ぶり4度目の登城ですが、何度来ても新鮮で画像に収めないと気がすみません。(家に帰って、以前の画像を見返すと同じアングルの画像が多数あり、「見てたんだぁ」となりますが)
雪の彦根城となりましたが、十分に石垣好きを楽しませてくれたのでご紹介致します(*^▽^*)

腰巻・鉢巻石垣は大手門橋から表門橋に築かれており、土手の上部と下部に築かれた石垣です。この他にも、黒門から裏門までは腰巻石垣で築かれています。登石垣も大手口と表口・他3箇所に築かれていて、防御機能の高さが伺えます。(今回は、大手口と表口の2箇所のみ確認)今回の登城は佐和山城目的で、関ヶ原付近から雪が降り始め高速道路を下りる頃には、大雪(>_<)佐和山城の情報収集のため彦根城に行きましたが、やっぱり現存天守が残る彦根城は素晴らしいと感じました。

ぴーかるさんも昨年末に椿尾上城に行かれたんですね(*^▽^*)迷うことなく行かれたとのことですが、私は散々迷った挙句にやっと見つけた次第です。椿尾城は椿尾上城と下城があるらしいのですが、散々迷ったことで下城には行かずじまいとなっています。
下城の情報があれば是非教えて頂きたいと思います。

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刑部

御前原城から川崎城へ (2021/12/29 訪問)

御前原城からここ川崎城へ移ったのはやはり乱世にあわせて平城から堅固な山城へと・・・必然でしょう!川崎城址は見晴らし良しかなり堅固な城ですね それだけ見所はあります。

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青春の巨匠

確かに遺構は見当たらず (2022/01/08 訪問)

皆さんの言う通り、遺構は見当たらず。徒歩用の登城路の途中に石垣に用いたっぽい石が沢山目に付くが、これは石垣の残骸だろうか?

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青春の巨匠

遺構は無いなんてことはないです (2022/01/08 訪問)

建物や石垣はほとんど福山城に持って行ってしまい、遺構は無いと聞いていたが、曲輪の跡がとても良好に残り、関東なら名城クラス。車なら山上まで行けるが、徒歩だと駅からの案内が無く、えらい遠回りをする羽目になった。駅から直進して神辺小学校の裏手の神社から登るのが正解です。

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刑部

誰一人いない運動場 (2021/12/29 訪問)

ゲートボールとかいろいろできる運動場が主郭部になっていますが誰一人いませんでした。土塁と空堀に囲まれていて虎口には、土橋があります。

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昌官忠

コロナ過いまだ攻城できず (2017/02/19 訪問)

3ヶ月ぶりの投稿です。7ヶ月くらい攻城していません。
コロナが落ち着いたら春に四国一周を予定していましたが、オミクロン株が広まっており、また断念せざるえない状況です。
2年くらい前にも四国一周を予定して、ホテルもレンタカーも飛行機の切符も手配済だったのをキャンセルしたことがあります。
今回は青春18キップ(春)を使用して攻城を計画していますが、少し様子見しています。春に行けなかったら夏にリベンジです。
投稿写真は2017年2月に四国の100名城を巡った時のものです。

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T-Shionoya

久留里城訪問 (2004/12/26 訪問)

過去のお城巡りの振り返り、第16段は千葉県君津市の久留里城。

房総半島で最も長い小櫃川を、木更津の河口から約30km上った場所に位置する久留里エリアは、川が丘陵地から平地をつくり出す切り替わりのポイント。
その東側、比高約100mの山を城郭とした久留里城。
室町期は上総武田氏の領地でしたが、その衰退により安房の里見氏が勢力を北へ拡大。
正確な時期ははっきりしないものの、1540年ごろに義堯よって久留里城は里見氏の本拠となり、里見氏の全盛期を飾ります。
しかし秀吉の小田原征伐後、里見氏の領地は安房に縮小。
近世城郭に改修されつつ、江戸初期は土屋氏、江戸後期は黒田氏が城主を務めました。

現在も堀切などの山城遺構が残っており、二ノ丸には資料館、本丸には江戸期の雰囲気を再現した模擬天守。

17年前の訪問時の記憶はもう薄いのですが・・・
写真から1時間半は滞在しており、山城素人なりに楽しめた記憶が残る久留里城です。

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ばばよ

今は全景見えません (2022/01/08 訪問)

2日前の雪はほとんど溶けていました。
意外と内部は深く削られていて広いです。
かまどや砲台跡は江戸時代のものではないとのことですが、では一体いつのもの...?
高いところから全景を眺めるなら、レインボーブリッジ遊歩道サウスロードがよさそうですが、3月14日まで利用できないようです。
また来ます...。

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