10年前の平成23年6月中旬、川越城と小江戸川越黒漆喰土蔵造り町並み散歩を楽しんだ後、平成18年頃学研の「戦国の堅城」を購入し香川元太郎画伯の想像俯瞰図を観まして何時かは登城したいと思って居りましたが今回やっと叶いました。
車は麓の積善寺駐車場を利用させて頂きました。
草刈り、杉林の伐採等がしっかりと出来て居り且つ要所要所に絵図入り案内解説板が有り、観察見学がし易く大変ありがたく素晴らしい山城でした。保存会の方々に感謝申し上げます。
探訪ルート:出郭、案内板横にパンフレットボックス有ゲットする。⇒大手虎口、外郭⇒馬出郭、外郭との間に木橋が有った様。⇒虎口を通って南3郭へ、3郭の東の切岸、堀の折れが素晴らしい。⇒南3郭⇒南2郭食違い虎口⇒井戸廓⇒南2郭東虎口⇒本郭東切岸横堀帯郭⇒本郭東虎口⇒本郭、内部、土塁、案内板、本郭より東2郭、東3郭を見る⇒本郭西虎口、土橋⇒北2郭、北3郭方向を眺める。⇒本郭西切岸、横堀、更に西下の横堀を見る。⇒井戸郭、井戸跡、井戸跡帯郭⇒南2、3郭西下横堀道を通って⇒馬出郭、外郭から大手出郭に戻る。
約1時間の探訪で家内もよく付き合って呉れました。
歴史:杉山城はこれまで高度な築城技術から後北条氏の城として広く認識されてましたが、学術的な裏づけは有りませんでした。そこで嵐山町では、比企中世遺跡検討委員会の指導を得て平成14年から18年度にかけて5次の学術発掘調査を実施しました。その結果、城跡の城跡の年代が15世紀末から16世紀前半で有り、後北条氏の時代でなく、それ以前の関東制覇をめぐる山内・扇谷両上杉氏と古河公方による三つ巴の抗争が繰り広げられていたなかで山内上杉氏により造られた城であったことが分かりました。
こうした学術的な成果により、高度な築城技術、良好な保存状態で当時の政治・軍事の様相を良く示してる事が評価され「比企城館跡群」の一つとして平成20年に国史跡に指定される。
(埼玉県比企郡嵐山町文化スポーツ課作成のパンフレットに由る)
+ 続きを読む










