朝に続いて、昨年大阪府で5例目(大坂城などの近世城郭は除く)の国史跡指定を飯盛城跡は受けました。
即ち、飯盛城跡の他には千早城跡、上赤坂城跡、赤坂城跡、烏帽子形城跡が有ります。
石垣や礎石建物などの戦国時代後半の三好長慶によって築かれたお城として評価されたものです。
飯盛城は、ほぼ全域が石垣によって築かれているお城なのです。
それは、東側曲輪に多く用いられています。
意識的に攻城者を威圧する為でしょうか?
石垣の特徴は、石材は基本的に自然石や粗割石を用いています。
勾配は垂直で直線的である。
飯盛城の構造としては、飯盛山の南北尾根に中心部を配置している点で有ります。
巨大な堀切によって城域が南北に区画されてます。
千畳敷郭の発掘調査で、南北の尾根に対し造成を施して広大な曲輪を確保しています。
曲輪造成の盛土です。
礎石の検出で政治や文化の場としての礎石建物の存在が明らかになっています。
山城に住んていたことを表していますね。
三好長慶は、飯盛城に信頼する家臣らと一緒に滞在しており、家臣の家族や妻子と共に住んでいたのですね。
山城が戦いの場から政治や文化の場になっているのも面白いですね。
領民にも見せる城として存在意義していたようです。
飯盛城は、石垣、瓦、礎石建物という3つの要素を兼ね備えた城郭と言えそうです。
三好長慶と織田信長の築城した城郭構造が同一の要素で構成されているのも面白いですね。
飯盛城は、今後もっと整備されて誰にでも石垣が見られるようにしてもらいたいです。
にのまるさん、一乗谷城のテレビ放送見て頂いたでしょうか?
明日午前中に、クイズを出します。
宜しくお願い致します。
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