公には認定されていない城址のようです
大正時代になって氷室として利用されたであろう穴倉が
ありますが、遺構はほとんど残っていません
竹林の中の登城は気持ちよかったです
道の駅こまつ木場潟の向かいにJAがあり、その左手の塀沿いに
進んで、バイパスのガードをくぐると駐車できるスペースあり
ただし大型車は無理かもしれません
御城印は鳥越一向一揆歴史館にて販売
こちらでは和田山城、虚空蔵山城、高尾城の
御城印も購入可能です
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2021/12/27 22:02
加賀攻城編 ③蓮台寺城 (2021/12/25 訪問)
公には認定されていない城址のようです
大正時代になって氷室として利用されたであろう穴倉が
ありますが、遺構はほとんど残っていません
竹林の中の登城は気持ちよかったです
道の駅こまつ木場潟の向かいにJAがあり、その左手の塀沿いに
進んで、バイパスのガードをくぐると駐車できるスペースあり
ただし大型車は無理かもしれません
御城印は鳥越一向一揆歴史館にて販売
こちらでは和田山城、虚空蔵山城、高尾城の
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2021/12/27 21:42
2021/12/27 21:29
混迷する最後の城 (2021/12/19 訪問)
武田家最後の城となった新府城に10年振りに訪問しました。
これまでの訪問は、車で行っていたのですが、今回は青春18切符が使える時期を待って電車で訪問してみました。
最寄りの駅は「新府駅」ですが、無人駅ですので、地図を見ながら方向を確認した方が良いでしょう。
駅を出て(下りのホーム側)、新府城の方角案内に沿って10数分桃畑の中を歩くと、小高い丘が見えてきて、新府城に到着します。
駅かた来た場合、大手門方面や本丸に向けた階段でアクセスしがちですが、今回は出構を右手に見ながら搦手門から登城することとしました。
搦手門から虎口をとおり、帯曲輪に向かうと、城内から東西の出構を確認しつつ、大手門方面に出ることができます(西出構には解説板もついています)。
最初にこの城に来たときから、この出構について疑問があります。これまで読んだ解説では、この出構は横矢掛のために作られたとありますが、この構では塀を巡らした上で兵を配置するほどの十分な幅がなく、一寸中途半端な存在でしかないと思っていたのですが、どうなんですかね。
二の丸、本丸と城内を進んでいくと、二の丸に馬出(図面を見ても現地を見ても丸馬出とは思えませんが)を確認することができます。
本丸の面積は広く、搦手方面には八ヶ岳を望み、大手門方面には樹木の伐採が十分になされているのであれば、富士山を望むことができたのだと思います。
本丸から食い違い小口、三の丸を経て大手門枡形と三日月堀に囲まれた丸馬出に向かいます。
東西に別れた三の丸は、樹木が生い茂り東西の区分が困難ですが、大手門枡形と丸馬出は状態良く復元されています。
この枡形の間からは富士山を望むことができ、また甲州街道に向かった大手門からは、kの城を中核として領国支配を考えた末期の武田氏の考えが良く理解できるように思います。
この城についてのもう一つの疑問は、何人くらいの城兵を入れるつもりだったのかという点です。
確かに武田氏の城とsては、大きな方ですが、末期とはいえ100万石以上の領国を有していた大名の主城としてはいささか小規模であるように思います。
城域の拡張計画はあったのだとは思いますが、現存する城郭の範囲とすると、大凡3000~4000人位の守備隊がいれば十分であり、小田原城のような規模ではありません。
そのように考えると、未完成(半造作)という点は差し引いても、その規模といい、出構といい、いささか中途半端な主城ではないかと思わされる再訪でした。
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2021/12/27 21:21
2021/12/27 19:06
大社小学校の一角 (2021/11/13 訪問)
この近辺は駐車スペース見いだすことが全くできません。大社小学校の一角にある城址碑と説明板の写真を自動車に乗ったまま撮影するというのも一つの手かもしれません。
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2021/12/27 18:37
2021/12/27 17:23
古都の遺構 (2021/12/27 訪問)
稗田環濠は、大和の環濠の代表例として有名で、教科書などで見ていましたが、今回初めて見学に行ってきました。
周囲を歩くと環濠の形態がよくわかります。東西約260メートル、南北約260メートルの規模でなので回りを歩いても15分程度で一周できます。北東側は七曲りよばれる特異な形をしています。西側と南側は幅広くつくられています。
内部も探索しましたが、東西、南北に大きな道がとおり、そこから細い道がのびています。道はT字形に交差したり、袋小路になっていて、遠くが見通せないようになっており、防御に適した構造になっていました。集落の東南には売太神社があり、神社を中心として環濠が発達したのがわかります。環濠は改修され水が湛えてられており、濠の法面も整備されていました。家屋も切妻造りで草葺と瓦葺の屋根が組合わせてある白壁の大和棟が残っており、古都を感じる素晴らしい場所で癒しがありました。
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2021/12/27 10:34
夜と朝の和歌山城 (2021/12/04 訪問)
高野山を訪れた後、九度山で大阪城への「真田の抜け穴」を確認し、日が落ちるころに和歌山入り。
この日、紀伊水道を震源とするマグニチュード5.4の地震が発生するも、和歌山城はびくともしていない。
夜陰にまぎれ和歌山城内に潜り込み、闇夜の中、縄張りをを頭の中に刷り込み、夜が明けるのを待つ。
翌朝、開門後の天守を楽々と制覇し、紀州徳川の殿様も見たであろう、紀ノ川と紀伊水道の絶景を、
天守最上階より堪能する。
<高野山>
奥之院には、戦国武将から江戸時代の各藩、そして現代の有名企業の墓石(創業者・物故者)が
静寂の中に数多くあり、凛としている。
日本の歴史を造った人たちが一堂に集まって、戦いに明け暮れたあとの平和を語り合っているように
思えた。
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2021/12/27 10:24
記念御城印を求めて (2021/12/26 訪問)
抽選販売の記念御城印に当選したので、御城印を頂きに伺いました。倍率は3倍ほどとのことで、かなり多くの応募があったようです。その後、飯盛城に登城しました。飯盛城は、とても大きな山城で、石垣が多数点在しており、他にも堀切、土橋、竪堀、土塁と見所満載の素晴らしい山城でした。
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2021/12/27 07:19
阪神でなく阪急です (2021/11/13 訪問)
関西に詳しくないためカーナビを阪神御影駅にセットしてしまいました。阪急御影駅は遥か北方に位置していました。無駄に駐車料金を投資してしまいました。石の説明板の城名は御影城になっています。
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2021/12/26 23:14
2021/12/26 23:03
2021/12/26 22:58
古代山城・番外編 (2011/07/16 訪問)
10年前の平成23年7月中旬、古代山城鬼ノ城を初登城し汗だくの処、鬼城山ビジターセンターでホッとし汗を拭いセンターの展示を閲覧し資料を頂く、写真撮影して投稿して無かった案内板、解説板等の写真を投稿させて頂きます。
行けなかった屛風折れ石垣のビジターセンター展示写真を投稿、投稿写真を見直し残った中で西門から南方向へ延びた版築土塁城塁の壮大さを是非投稿したく1枚入れました。
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2021/12/26 22:46
南朝を支えた北畠氏の拠点 (2021/11/27 訪問)
北畠氏の本拠地である多気盆地を守る詰城。伊勢と吉野を繋ぐ街道を見下ろす位置にあり、まさに南朝を守護するための城である。津から電車で1時間半くらい。比津駅で降りて比津峠に向かって歩くと道路脇に登城口が見えてくる。恐らく絡め手であり急な道が続くが、登り切ると開けた曲輪になり堀切を超えて本丸に至る。本丸からは吉野に続く山々が見渡せ、非常時にはここから兵を送り込むつもりだったのだろう。南北朝時代の武将は打算的で本心から南朝に従っていた者は少ないが、北畠家の南朝への忠誠心がうかがえる。帰りは北畠神社の裏手に降り、北畠氏館跡庭園を見学して帰路についた。
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2021/12/26 22:38
歴史記念館も天守閣も入場無料です (2021/11/28 訪問)
土塁、土橋、堀などよく残っています。堀の中を歩けるのがよいです。
模擬天守ですが、石垣が見事。
刀劇隊による岩崎城の戦いをもとにした演武もみられました。
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2021/12/26 22:23
古代山城・南門と周辺編 (2011/07/16 訪問)
平成23年7月中旬、西門から南門に向かって土塁上遊歩道をアップダウンしながら南門へ、南門は発掘調査され整備途中の様子でした、途中、周辺の石垣を含めて写真投稿させて頂きます。
携帯電話の圏外マークが出て南門から引き返した苦い経験が有ります。西門まで戻ってホッとした思い出も有ります。
素晴らしい古代城郭山城です、今後も保存整備を宜しくお願い致します。
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2021/12/26 21:59
古代山城・敷石、版築土塁、高石垣塁編 (2011/07/16 訪問)
10年前の平成23年7月中旬、古代山城鬼ノ城を初登城し復元修復された版築土塁、高石垣塁、鬼ノ城での初発掘遺構、敷石など余りにも素晴らしく圧巻でしたので「敷石、版築土塁、高石垣塁」編で写真投稿させて頂きます。
鬼ノ城は記紀に記載のない古代城郭として知られてますが復元整備の古代山城としては初の快挙です。総社市の教育委員会文化財課?の頑張りに感謝です。
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2021/12/26 21:25
古代山城・西門、角楼編 (2011/07/16 訪問)
10年前の平成23年7月中旬、近年発掘調査復元整備され且つ継続中の古代山城の鬼ノ城を初登城も吉備の国城廻りも今回の一大イベント、朝靄の中を備中国分寺五重塔を探訪撮影した後に鬼ノ城の鬼城山ビジターセンター駐車場に進路を取り狭い山道を登り同駐車場を利用、広い駐車場で余裕が有ります。
ビジターセンターは素通りして遊歩道を写真で良く観ていた版築土塁の西門を目指す、山道を15分から20分位で角楼、西門に到着、途中の山道から遠望出来ましたのでワクワクドキドキの道程、初対面の興奮状態観察撮影でした、7月中旬夏盛り兎に角暑く汗だくだくでした。
南門を向かってる時は気分も高まりイケイケでしたが携帯電話を見ると圏外表示、急に熱中症で倒れたら助けを呼べないとの思いが増して来て南門を観察したあたりから引き返しました、屛風折れ石垣を観察、探訪出来なかった事が残念です。
西門、角楼の写真投稿致します、続き2で敷石、版築土塁、高石垣塁編、続き3で、南門、石垣編と三回に分けて投稿させて頂きます。
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2021/12/26 21:20
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