岡城は頼朝に追われた義経を迎えるために緒方惟義が築いたとの伝聞が有り、南北朝は大友氏一族志賀氏が拡張し、島津氏の侵攻には撃退し秀吉に褒めれる、朝鮮の役陣中での不始末で大友氏改易され志賀氏も去り、三木城から中川秀成が文禄3年(1594年)7万石で入封し、現在みられる織豊系城郭を築き、江戸期を中川氏が継承して明治を迎える。
前日、中津城、杵築城、日出城を探訪し大分駅前のホテルに2泊拠点とする、13年前の平成21年6月中旬大分県宮崎県城廻り2日目の4城目、岡城を初登城する。 レンタカーで岡城の登城口大型の専用駐車場を利用、入場料を払い巻物の絵図等資料を頂く。
探訪ルートは、登城口、登城路、絶壁を望みながら、九十九折登城坂登る、かまぼこ型の石垣が縁に続いてる、大手門跡、桜馬場、家老屋敷南を通り、籾倉跡、西中仕切門跡、岡城ポイントの北側高石垣を眺める、太鼓櫓門跡石垣台、三の丸、本丸、天守台石垣を眺めて本丸に入る、神社が鎮座、東側の御金倉跡で東、北を眺める、本丸桝形虎口石段を降りて、二の丸へ滝廉太郎の銅像、北端石垣から足が竦む高さの石垣を望む、天守台下の南門から天守台本丸台の南面石垣沿い、東中仕切り門跡、清水門跡、御廟社跡各所の曲輪、下原門跡の曲輪石垣台、戻って清水谷を挟んで家老屋敷群を見る、中川覚左衛門屋敷は発掘調査の上、各柱と座敷間が畳寸法で立体地表展示されてる。 近戸門跡、中川民部屋敷跡、西の丸へ裏の西から東門方向へ、大手門をお降りて歴史資料館に寄る、岡城の立体模型を見学。
2時間半の探訪でした。
近世城郭山城では備中松山城、高取城、岩村城が三大山城と言われて居り、竹田城が天空の城として脚光を浴びていますが、豊後岡城は臥牛山山頂を総石垣で築いた天空の城郭で前述の城郭にまして壮大さが光ります。
城門編として、大手門跡、大手登城路、元大手門だった下原門跡、近戸門跡、清水門跡の写真を投稿します。
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