府内城は現存櫓が人質櫓、宗門櫓と在り、復元で東丸に着到櫓、南西隅櫓、北西隅櫓と在り、西丸に南西隅櫓、南に多聞櫓門、北に廊下橋が建てられています。
南側の櫓が連なってる二の丸堀越しに南西隅から東に眺める景観が往時を偲ばせる城景観として写真のビューポイントです。
本丸は内堀の埋め立て、周囲の石垣、南北の石垣が取り払われ本丸と二ノ丸(西丸、東丸)が一体平地に成って居り、本丸北に天守台石垣が殿と座って居り四重の天守閣が聳えていたと絵図に由る。
本丸、二の丸を侍町が囲み、更に外郭惣掘りの悌郭式で現在のJR大分駅辺りまで郭内に取り込んでいた模様。
大分と言えば大友宗麟、大友氏ですが府内城は大友宗麟没後、嫡子大友義統朝鮮の役不始末で改易後、慶長2年(1597年)福原直高が12万石で入封し大分川、海側に交易を重視し築城を開始し2年後には一応完成し今ある姿に成った模様。
関ヶ原後に竹中氏、日野根氏と代わり、万治元年(1658年)大給松平氏が入封し、継承して明治を迎える。
探訪は13年前の平成21年6月中旬、大分駅近のホテルに連泊し早朝ホテルから徒歩約1km弱北方向の府内城に登城、大分県宮崎県城廻りの3日目で7城目です。
ルートは、府内城多聞櫓門から入り内側を巡り天守台、廊下橋、北側より東の帯曲輪越しに二の丸堀、城塁、各櫓を眺めて、南側、西側と外周を一巡し80枚の写真から10枚投稿致します。
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