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ヒロケン

戸田一族の城 (2022/06/26 訪問)

田原城は三河湾に注ぐ汐川の河口北側にある標高約15m丘陵上にあり、1480年頃東三河で勢力を伸ばした戸田宗光公が築いた梯郭式平山城です。本丸を中心に北に藤田曲輪、南西に二の丸、南東に三の丸を置いた縄張りです。

現在の田原城は本丸跡に、巴江神社、二の丸に田原博物館、三の丸に護国神社があり、桜門・二の丸櫓が復興されています。
駐車場・トイレも完備されており、田原市博物館には、田原藩家老で文人画家・蘭学者として活躍した渡辺崋山の生涯をテーマにしている展示室もあり、田原市の歴史を学ぶこともできます。復興二の丸櫓内には田原城の縄張りを模した模型もあり、田原城を詳しく知ることが出来ます。

この日、2021年1月1日に行ったきり行けていなかった、浜松城に赴き1年半越しでリニューアルした展示館を見学。見学後、外に出てみると、ゴロゴロ、ザーザーと雨☂天守内に入るまでは、雲の切れ間から晴れ間ものぞき雨が降るような天気ではなかったのですが(*_*)
急いで、車に戻り豊橋方面に車を走らせてたら、いきなりのぴーかん☀。少々、欲求不満気味であったので、渥美半島方面に向きを変え、6度目の田原城へ。こじんまりとした城ではありますが、中々、風情の残る城跡なので東三河へお越しの際は是非お立ち寄り下さいませ。

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ぎりょう

いち早い修復を期待します!! (2022/07/02 訪問)

今日は、先週の白石城跡に続いて仙台城に現状確認で登城した。城址は今年3月の地震により石垣の崩落、変形、土塀の崩壊、本丸東側崖面の亀裂とともに政宗公騎馬像が傾く被害があったと報道されている。市教委の発表では修復には今後3年ほどを要するとのこと。
政宗公騎馬像は現在、周囲をシートで閉ざされ、傾いた状態のまま修理を待っているが、観光客の登城記念の撮影スポットであるため、最近になって同サイズの写真が貼られている。
車で本丸へは、通常大手門跡から左折して市道仙台城跡線で登るが、現在も石垣が散乱している場所があり通行止め。西側の東北大学工学部側を迂回して本丸会館駐車場を利用することとなる。徒歩の場合は仙台市博物館(現在は改修工事のため休館中)駐車場側からの歩道が一部開通しており歩いて登城が可能だ。
なにぶん仙台城跡は仙台観光のめだまであることから、いち早い修復を期待したい。

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零汰

堀切断面

土砂採取で城跡が消滅もしくは部分的に破壊されている場所をこれまで幾つも目にしてきました。

白い土砂がシラスです、始めて見た時は驚きました。シラス採取により尾根に施した堀切の断面がはっきり分かります。

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夏の東京城跡散歩 旗岡八幡神社 (2022/07/02 訪問)

 東急大井町線荏原町駅のすぐ前に館跡とされる旗岡八幡神社と法連寺があります。
暑いこの季節、駅近物件はありがたいです。

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おっちゃん

置塩城跡案内図 (2017/12/17 訪問)

現地案内板より抜粋。

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夏の東京城跡散歩 湯殿神社 (2022/07/02 訪問)

 湯殿神社付近が跡地です。池上氏館から歩きましたが、道を間違えてしまい20分以上かかってしまいました。

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夏の東京城跡散歩 本行寺 本門寺 (2022/07/02 訪問)

 「ニッポン城めぐり」さんのHPに「本門寺西側の大坊本行寺付近が館跡であり、土塁が残っている」とい記述がありました。他のサイトでも土塁の記述がありましたが、場所がどこかわかりません。ネット情報ではかなり奥にあるのではないかと思われます。見てみたいとは思いましたが、暑さに負けて探索はしていません。

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おっちゃん

船上城跡散策地図 (2017/09/24 訪問)

現地案内板より抜粋。

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おっちゃん

摂津滝山城跡案内図 (2017/09/08 訪問)

現地案内板より抜粋。

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夏の東京城跡散歩 熊野神社 (2022/07/02 訪問)

 JR大森駅から徒歩15分くらいで跡地である熊野神社に行くことができます。

熊野神社の下の善慶寺に「新井宿義民六人衆」の墓と案内板がありました。城跡めぐりをしていて、全国的にはメジャーではないその土地のエピソードを知ることがあります。結構、興味あります。

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稲毛神社 (2022/07/02 訪問)

京急川崎駅より徒歩10分くらいで、跡地である稲毛神社に行くことができます。

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夏の東京城跡散歩 六郷神社 (2022/07/02 訪問)

六郷神社付近が跡地です。京急六郷土手駅より徒歩10分くらいでしょうか。

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夏の東京城跡散歩 圓頓寺 (2022/07/02 訪問)

 圓頓寺周辺が館跡です。京急蒲田駅から徒歩10分弱で行くことができます。

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夏の東京城跡散歩 梶原稲荷神社 (2022/07/02 訪問)

 梶原稲荷神社から来福寺付近が居館跡ということです。京浜急行「立会川駅」から徒歩10分くらいでした。

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スティクラ

入口が不気味な鎌刃城 (2022/07/02 訪問)

当初は小谷城を見てまわろうと思ったが、猛暑で断念。
帰路の途中にある続日本100名城の鎌刃城をみつけ、登ってみることに。

駐車場は比較的わかりやすかったが、入口が不気味。
高速の下を通路で野生の動物が田んぼに入ってこないように2重の鉄柵があった。

登りは、急勾配はところはなく、平坦は道もあったため比較的一定のペースで登ることができた。
時間は30~40分くらい。直射日光が当たる場所は少ないの救い。
道中に、管理者の人が備えてくれていた熊除けの鈴があり、鈴+ラジオで熊除け対策。

鎌刃城跡には物見櫓のようなものが2つ作られていて、遠くまで見渡せるまではいかないが、眺めがいい景色を見ることができる。

帰りにスタンプを押して終了。
スタンプの場所は、登山口の駐車場から少し離れたところにあり、資料館の駐車場に駐車。

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スティクラ

頂上からのご来光 (2022/07/02 訪問)

頂上で朝日を見る目的で車で賤ケ岳へ。
夜中で外灯もないなか、なんとか登山口を発見。駐車場は標識はなかったが、それらしい砂利の敷地があったため駐車。
明かりがないため、星がきれい。気温は20℃くらいで登山をするにはいいコンディション。

賤ケ岳の日の出は、4時44分とのことで、3時半前後に余呉湖沿いの飯浦切通し登山口から登山開始。

登山口から頂上までは30分前後。きつい場所はなく難易度は低め。
ただヘッドライトに虫が集まってきたのがきつかった。

頂上に着いた時は明るくなり始めてヘッドライトは不要。
頂上には絵馬があり、記念に書いてみるもの面白いかも。(絵馬は300円だったかな)
賤ケ岳の一番いい場所からは木が邪魔で日の出を見ることはできず。少し動いたところかなんとか見ることができたが、賤ケ岳は日の出を見るには向かない場所だった。

帰ることにはすでに汗ばむくらい蒸し暑く、時間的には夜登るのは正解だったかも。

帰りに大岩山登山口も確認したが、余呉湖観光館の駐車場に車を止めて登山口まで歩く必要があり、時間も3時間くらいかかるようなので、
時間がある程度ある人におすすめ。また賤ケ岳リフトもあり。

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赤い城

北小弓城 (2022/06/19 訪問)

京成の学園前駅から徒歩で15分くらい。
主郭は小さな公園になっています。
説明板もここにあります。
西側には生実池があり、自然の堀になっていたのでしょうか。
この辺りには遺構はありません。
少し東側に移動すると生実神社があります。
江戸時代に森川陣屋が置かれていました。
神社の脇に空堀が残っています。
さらに東側に行くと大手口の石碑が立っていました。
小弓公方滅亡後に小弓城から移った原氏が居城としました。
名前、ややこしいですね。

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チェブ

雪と太陽、昭和と令和 (2022/05/05 訪問)

2018年、まさかの積雪で登城できなかった「小牧山城」にリベンジしてきました。
5月5日の子供の日、新緑のきれいな季節です。
続100名城でもある「小牧山城」は信長さんが築城しました。
小牧・長久手の戦いでは、家康さん、織田 信勝さんの本陣にもなりました。
因みに学生の頃、日本史が苦手で『小牧・長久手の戦い』と幕末の『鳥羽・伏見の戦い』がゴッチャになり赤点を取りました。地名が2つ入る戦い、苦手でした。余談です。( ´∀`)
小牧警察署がある方の駐車場を利用しました。まずはスタンプをゲットするために搦手道コースから山頂の模擬天守に向かいました。途中に石垣、と、思ったら裏込石が石垣のように積まれてました。
石垣の、縁の下の力持ちである 裏込石がこれだけあったら、石垣は圧巻だったのだろーと見いってしまいました。
歴史博物館の模擬天守で、展示物や戦いのビデオを見て、最近できた『れきしるこまき』に向かいました。
こちらは、プロジェクションマッピングで「小牧山城」を伝えます。今どきです。たくさんの子供達が遊びながら学んでました。
昭和産まれの私は、ビデオの方が理解できる気がしました。どの世代も学べます。

日差しを避け、麓の土塁側を歩いていると、合瀬川沿いに出ました。天然の要害だったのでしょうか?駐車場まで、「小牧山城」に戻れませんでした。
、、、前回も雪を避けて、ここ歩いてます。

模擬天守から『れきしるこまき』まで、裏込石に気を取られて歩いていると、ジグザグと歩いて市役所の方に出ました。搦手道コースを戻ったつもりだったのに。
、、、どんな世代も、予定通りでなくても楽しめる「小牧山城」です。

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カズサン

四段積の大天守台 (2022/06/20 訪問)

 三の丸工事枠外から見上げると大天守台が各櫓台を控えて聳えてる、工事枠外の掲示部には米子城の大天守台はじめ小天守台、番所郭、本丸、遠見櫓台などの山頂郭群のドロン航空写真が展示して有り壮大さと登城の誘惑を誘う。
 番所郭跡から見上げる大天守台は四段構成で眼前に迫って来る、ここからの眺めが圧巻な見所の一つ、鉄御門の二重枡形虎口を回り込んで本丸に上がり、本丸と大天守台の段差は低く、礎石の残った大天守台上部が広がっている。
 天気が良く晴れて居れが遠く伯耆富士大山が見通せて、中海、日本海が遠望できる絶景の地です、過日NHKの絶対行きたくなる不滅の名城番組で米子城が取り上げられ、その時は一番の名城と評さられて居た事を思い出されて居ました。
 今回の登城では大山は梅雨雲に隠れ見通すことは出来ませんでしたが、中海、弓ヶ浜を越えた日本海を見る事は出来ました。
 

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カズサン

小天守台は広家時代の天守台 (2022/06/20 訪問)

 番所郭跡からは4段の大天守台と角が算木積の小天守台が前面に見える、小天守台下の内郭を回り込み、八幡台からの登り虎口石垣、鉄御門の外枡形、内枡形の二重虎口の要の小天守台と成って居る、吉川広家時代は4層の天守が聳えていたという、角の算木積が広家時代には新し過ぎるので確認すると幕末に修復積み直したとの事。
 小天守台上の上がると南側の俯瞰が素晴らしい、米子城の基である飯山城が手に取る様に観え、中村一忠時代には米子城の三の丸内に取り込まれていた。

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