太田道灌屋敷からの転戦です。横浜市11城巡り5城目は蒔田城です。
6月の九州遠征前の、なまった足腰のリハビリを兼ねた攻城(PART4)です。
蒔田駅より徒歩7~8分くらいで横浜英和学院(35.427414、139.610731)に着き、その後、勝国寺(35.425935、139.611072)に向かいました。
蒔田城は世田谷城主・吉良成高の子で、北条氏綱の娘婿である吉良頼康の居城です。
蒔田城の築城年代は不明だが、 15世紀末頃の吉良成高、あるいは吉良頼康の代には蒔田の地を領有し、「蒔田御所」と呼ばれたそうです。
1590年(天正18年)に北条氏が滅亡すると吉良氏も所領を失い、廃城となりました。
当主・吉良氏朝は旧領である世田谷の実相院に篭居しますが、氏朝の子の頼久は徳川家康に仕え、姓を蒔田に改めました。
その後、江戸中期に起きた赤穂事件によって三河吉良氏が断絶したため、ふたたび「吉良」に復姓しています。
現在城址は横浜英和学院の敷地となっており、校門脇に「成美学園遺跡説明板」があります。
なお1984年(昭和59年)におこなわれた調査で戦国時代のものと思われる「火鉢のかけら」が出土しているようです。
グーグルで選択した横浜英和女学院に向かうルートが、急な階段を登るルートでした。
横浜英和女学院から勝国寺へのルートが緩やかな下りで、その後蒔田駅へは平坦な道でしたから、選択ルートを間違いました。
校門そばの「成美学園遺跡説明板」確認後、勝国寺の吉良家の供養塔を確認しました。
吉良家の供養塔は勝国寺の奥の高所にあります。案内があるので辿り着けます。
攻城時間は15分くらいでした。
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