「新城城」から「長篠城」に転戦しました。
1508年、菅沼氏が築城します。
「長篠城」は長篠の戦いで活躍してますが、愛知県・静岡県・長野県の県境の位置にあるので、これまでも多くの戦いがあったと思います。
「長篠城」、長篠・設楽原の戦いの布陣図がお出迎えしてくれて、誰の陣地に行くか迷います。
まずは史跡保存館の外に、続100名城スタンプがあり押印。
左手を向けば大きな土塁と堀があります。
約500人が籠城した「長篠城」、備蓄の補給があれば、いつまでも籠れるほど堅固だな、が正直な感想です。
本丸跡には敵味方の幟がはためき、幟が繋がれた竿がギィギィと不気味に鳴ります。
長篠城の戦いは、鳥居 強右衛門さんの勇気ある行動も有名です。ずいぶん下に川が流れてます。命懸けの行動で籠城軍の活気も想像できます。
長篠・設楽原の戦いは、織田・徳川連合VS武田。つまり、鉄砲VS馬のように習いました。
近年では鉛不足も勝敗原因の1つです。
合戦跡で出た鉛玉の産地は①国産②中国③その他の国、なんだそうです。
「長篠城」近くの山々から、鉛に近い鉱物が取れたらなぁと。
考え方が武田家寄り。
1575年の長篠・設楽原の戦いの覚え方、語呂合せは
『1発でコナゴナ、武田の騎馬隊』
『以後、泣こう武田負け』
等々。
先人たちの生き様を簡単に覚えるなんて、、、。(私もその1人でしたが。)
両軍の幟旗を見て、勝つか負けるか分からない命懸けが感じられる「長篠城」でした。
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