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にのまる

武田氏館(茨城県ひたちなか市武田566-2) (2020/09/02 訪問)

 昨年は信虎さんの甲府開府500年、来年は信玄さん生誕500年ですが、遡ることさらに400年近く前平安時代末期の甲斐武田氏発祥の地を訪れました。
 昨今の事情により、ガイドさんに正直に東京から来たと申告したのですが嫌がられることもなく、寧ろ「わざわざここに⁉︎」と驚かれ、解説してくださいました。(自発的にキープディスタンスし、向かい合わないようにました。)
現地ならではのお話を伺い、資料を見せていただき、また現地周辺を歩いてこそ感じられることもあって、とてもうれしかったです。

※歴史的な詳細は写真④⑤⑥をびよ〜んしてください。

 水戸の吉田城から徒歩(1.3㎞)→バス(6駅)→電車(1駅)→徒歩(1.8㎞)の移動でした。
歩くこと自体は平気なのですが、モバイルWi-Fiを持っていくのを忘れ、月初からギガが減るのが怖くてナビをあまり見ないで頭の中に道順や乗り換え時間を叩き込もうとしたので、頭の中がとても疲れました。しかも写真⑩の案内がどっちに進めばいいのか理解出来ずフリーズ。スマホ回転させながら右はこっちだ!とやらないと歩けません…。

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六神合体

「いのさき」だと思ってた(おい (2020/09/06 訪問)

こう何で御城印って私が現地を訪れた後から販売開始しますかねえ?
と愚痴りながら・・・福知山城再訪ついでに前回は行ってなかった猪崎城に来ました。

あ、ちなみに9月からコロナに気をつけつつ隣県まで移動を解除してます(自分ルール)。

あ、ここ好き(小並感)。

円形の縄張りが云々・・・折れのある土塁が云々・・・
じゃなくて素直にTHE土の城やってる感が素敵。

駐車場は無いのでそこそこ離れた運動公園の駐車場を利用するのがいいかも。

にしても遺構の状態がチョベリグですねー。
洗練された空堀や郭が素晴らしいです。
この日一番の城跡です。

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六神合体

築城上手の高木さん (2020/08/18 訪問)

三木城が御城印の販売を開始したと聞いて三木城に行くついでに寄ったのですが。

思った以上に凄いもんがあった。

秀吉本陣跡とかは以前行ったのでここもそれくらいの遺構だと思ったら・・・・
「想像以上に綺麗でガッツリ残ってた」ってとこですね。

これ古墳を利用した矢倉台を囲むように手付かずの土塁がこれでもか!ってほどに綺麗に残ってますね。
これ貴重。尊い。

これだけのものが残ってて誰の陣城だったか不明なんですよね。
浪漫浪漫。

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六神合体

低山・・・そう思っていた時期が俺にもありました (2020/08/17 訪問)

竹田城、出石有子山城、の御城印回収の旅・・・・
に出たのがこの日なのですが、再訪ばかりでもつまらない・・と思いまして。

出石から近い、山名氏のかつての総本山、此隅山城を訪れました。

いや、低山だと舐めてましたよ。
トレッキングポールも持たずに出ましたからね。
学習館の裏手から入りました。

これ行く手を遮る要害ですよね?
激しいアップダウンと細い悪路。
堀切堀切・・・・

ああ、これ小さい有子山城だ・・・・

山名さん、もうちょっと掘削しません?
山の地形利用しすぎでは?

ま、「めっちゃ楽しい」ですけどね。

あと広いですよね。この縄張り。
これ一回では全部確認出来ないのでいつか再訪します ( ・∀・ )ゞ

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六神合体

友政城(兵庫県丹波市) (2020/08/09 訪問)

城びと未登録の城です。
岩尾城→篠山城(御城印回収)の間にひとつ入れたい・・・・と思って探し出した城です。

これグーグルマップにもヤフーカーナビにも載ってないという。
岩尾城はギリギリヤフーにはあったんですけどね(グーグルにはない)

桜の名所だそうです。
割としっかり城跡は残ってて思ったよりは楽しめました。
小規模なんですが郭はしっかり分かりますね。
ただ結構草がぼーぼーで・・・・

ちなみに9月現在グーグルには登録されたみたいです。

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六神合体

く、熊が出ますよ (2020/08/09 訪問)

まずうちさあ・・・縦断コースってのがあんだけど・・・・
ここを選ばずに正解でしたね。
割と岩尾城、登るのきついんですよ。

まあこの前の週に直登したある城よりははるかにましなんですが。

小学校から入るコースが一番楽と聞いてそこから入りました。
あ、平日は要連絡ですよ。

二箇所ほどきつーいコースを抜けると城跡ですが、いや、ほんとまだこんな総石垣の城が県内にあったとは驚きです。
あ、某コロナで私8月までは在住の兵庫県から出ないようにしてたんで。
県境またぐな!って知事が言ってたのでね。

しっかし楽しい山城でしたね。天気悪かったけど。

ちなみに「岩尾城あたりに熊出るから注意」と聞いたのが翌日でした(( ;゚Д゚))

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六神合体

閉まってる・・・ (2020/07/19 訪問)

尼崎城まで御城印を回収しに来たのですが、それだけだともったいないので富松城まで来たわけですが・・・

何処にバイク停めるの?これ・・・・

それと閉まってる・・・・

のぼりまで立てて地元は盛り上げたいみたいなのは分かるけど、中に入れないので外側から見ました。
空堀、土累は確認出来ますね。

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六神合体

あーさーくーらー(♪てーてーててーてーててっててー) (2020/06/07 訪問)

八木城を訪れたならついでに行くべきはここっしょ!
朝倉氏発祥の地、朝倉城。
いや、私山椒はちょっと苦手でして(おい

しっかし駐車場はありません!ほんとありません。
私は少し離れた神社脇のスペースに駐輪(バイクなので)させていただきましたが。
車はどうすっかなぁ?

主郭はかなり小さくて「え?こんなもん?」と思ってしまいましたが、その隣に二郭や堀切があるんですよね。
この山全てが城郭だとすればかなりのもんじゃないだろうか?
というかあれほんとに主郭なの?出丸じゃないの?

ちなみに八木城で見かけた二人組と再会しましたが、彼ら主郭だけ見て帰っちゃいましたね。

いや、二郭も見なよ!もったいない。


それと近くに「農家レストラン 村ん中」という大変美味しい店があるので是非立ち寄ってもらいたいです。

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六神合体

賛美歌が聞こえる(幻聴) (2020/06/07 訪問)

お久しぶりです。
コロナ禍という厄介なもので緊急事態宣言やら長引く梅雨があってなかなか攻城出来ませんでしたがようやく復帰です。

さて緊急事態宣言明けの6月、丹波三大山城の一つ八木城を訪れたわけです。
八木城と言えば「石の城」「土の城」の二つがあるわけですが、「土の城への道は無い」と案内板に書かれておりちょいびくびくしながら登城。
石の城は見事なものでしたね。
光秀っぽい荒々しくも頑丈な石組みが魅力的でした。

土の城は「道が無い」と言われてましたが、これが結構綺麗に整備されています。
案内板こそありませんが(以前はあったような形跡がある)分かりやすい縄張りですよね。

何でも土の城は光秀による改修後も詰めの城として整備されていたとか。
ここは初心者から上級者まで誰でもお勧めできる見事な遺構の城跡ですね。

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和太郎

脇本城 (2020/09/05 訪問)

脇本駅から徒歩で登城。片道2キロ程度の道のり。
往復で1時間程度かかりました。
入口からはこれまた長い坂(^_^;)
スタンプは案内所で終日押印可能。
ただ、街灯がないとのことで日が沈む前に早足で登ってきました💦
跡地や日本海の景色とても綺麗でした。

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小城小次郎

築地塀をまるごと土塁に作り替えている (2020/08/09 訪問)

平面復元されている建物や庭園は恐らく16世紀末の最終形だが、この館の土塁には築地塀をまるごと包み込んで土塁化した痕跡が残る。恐らくは武田氏の脅威に晒された時代、急ごしらえで城塞化したものなのだろう。

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昌官忠

西日本遠征 (2019/11/08 訪問)

周南市文化会館駐車場(34.061250、131.813977)に駐車して攻城。
遺構は見当たりません。庭園跡と説明板、残念石くらいです。攻城時間は15分位でした。

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昌官忠

西日本遠征 (2019/11/08 訪問)

二の丸駐車場(34.084158、131.727922)まで車で登れるのでアクセスはいいです。
「若山城は宝物」の木札がぶら下がっていて、地元の方に愛されている城跡と感じました。遺構として竪堀、空堀、壇床等が残っており、眺望も素晴らしいです。攻城時間は35分位でした。

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昌官忠

西日本遠征・続100名城制覇 (2019/11/08 訪問)

高嶺城駐車場(34.184055、131.464357)=KRY山口放送局中継所前に駐車して攻城。
駐車場まで舗装されている狭い道を車で登ります。そこから本丸まで500m。石垣と眺望が素晴らしい城跡です。攻城時間は50分位でした。

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赤い城

真田氏の居城、門や土塁が復元されている (2020/08/30 訪問)

駐車場に着いたのが閉門10分前。真田館にある100名城スタンプにギリギリ間に合いました。
本丸には入れませんでしたが内堀や石垣、復元された太鼓門、北不明門などを外側から見学しました。
土塁も綺麗に復元されています。
真田信之が居城とした城で近くには真田宝物館などもありますが次の機会に・・・。

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にのまる

常照寺 (2020/09/02 訪問)

武熊城から2㎞くらいだったので徒歩で行ってみました。水戸城の支城で跡地の常照寺は水戸光圀公が建立。遺構ありとのことですがそれらしきところはバリケードがあり立ち入り禁止っぽく、墓地内をうろうろするのも憚られ…。
城址碑の確認も忘れてしまいましたΣ(-᷅_-᷄๑)
来年早々水戸城の隅櫓が完成したら見に行く予定なので、その時に、今回前を通っただけの吉田神社(眺望が素晴らしいそうです)と合わせてもう一度行くかもしれないです。

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キンヤ

隅櫓が復興され、今は美術館の敷地にある城 (2019/10/05 訪問)

挙母城からは七か国を望めたことから七州城と呼ばれ、内藤家の居城です。

豊田市美術館の展示会に併せて久しぶりに行きました。
隅櫓前の駐車場は美術館の駐車場でもありますので車で一杯でした。

誰もが隅櫓には目もくれず、美術館に向かわれてましたが、私だけが隅櫓の写真を撮っていました。
ちょっと可愛い櫓だと思います。

説明書きによると、隅櫓の石垣は当時のものであるようですが、綺麗なので改修されているかもしれません。

寺部城の移築とされる又日亭の裏側には土塁がありましたが、これも城の遺構かはよく分かりませんでした。

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ぴーかる

原田城 (2020/08/23 訪問)

【原田城】
<駐車場他>原田しろあと館入口前に小型乗用車1台くらいなら駐車できる。
<交通手段>車

<感想>摂津国、バイクでちょこ城巡りのツーリング第2弾、4城目。築城者とされる原田氏は鎌倉時代に能勢一帯を支配した多田院の御家人の一人として「多田神社文書」に登場します。13世紀後半から14世紀初頭にまず北城が築かれた。15世紀中頃にはこの地域一帯を支配する土豪に成長し、室町時代には管領細川氏の家臣団に組み込まれます。1547年には細川氏の内紛により北城は落城、その後は南城に中心を移しました。原田氏はその後織田方に付いたようで、荒木村重の反乱の際には有岡城攻めの砦として古田織部・中川清秀が北城を改修し陣を構え使用しました。おそらく原田氏はこの時期前後に中川家に組み込まれたようで、その後中川家とともに豊後岡城へと移っている。(城跡パンフレットより抜粋・要約)

 原城跡(北城)の「原田しろあと館」は土日祝の12:00~15:00までしか開館しておらず、この時入館しなければ内側から土塁跡を見ることはできません。北城は堀と土塁囲みの方形居館で土塁跡は南西隅の一部が現存しています。主郭部は現在は旧羽室家住宅となっていて中を見学することができます。北城は高台の端に位置しており、すぐ南と西は大昔は海だった(大阪湾がこの辺りまで来ていた)海岸線になり急坂で下がっている。

 管理・運営されている「NPO法人とよなか・歴史と文化の会」の方に城跡の説明と城跡のパンフレットをいただきました。その方の説明では原田氏が土豪の時代、集落に猪名川から九名井(原田井)という灌漑用水を原田氏がひいたのだが、上流で奪われてよく争っていたという話をして下さいました。またその方の自説ですが、原田は最初「はらだ」ではなく、九州地方の呼び名「はるた」と呼んでいたのではないかとのこと。

 見応え的には◆ですが、大切に保存されている城跡で説明の熱意を感じて◆◆とします。是非開いている時間帯に来城を。

<満足度>◆◆◇

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カルビン

桜ヶ城 [長野県諏訪郡下諏訪町木の下3880] (2016/04/09 訪問)

諏訪大社・下社秋宮から山上に向かって北に歩いた先に、城びと未登録の桜ヶ城があります。
有る程度高度の高い場所までは住宅街になっておりますが・・・ここの舗装道路結構角度がきつく、住まわれている方々大変だな。。。と思ってしまいますw

途中から山道に入りますが、それ程距離進まないうちに城域に到着します。
主郭の平地に畑があるので野生動物から保護する為に防獣ネットで覆われている為、扉の開け閉めが必要になります。

google mapには桜ヶ城は「桜城」と表示されているのでお間違いなく(現地の案内には桜ヶ城とあったのでコチラで書かせて頂きます)

主郭には遺構はありません。。。ここが曲輪だったと推定出来る程度で。。。その代わりちょっとした展望台があり、ここからの諏訪湖の眺めも素晴らしいです。
諏訪湖周辺のお城、絶景見られる場所多いですね。。。(それを狙って築城したのでは?ってくらい多いですw)

肝心の遺構は入った扉の反対側の扉のちょい先に二重堀が見られます。
はっきり解る遺構はそれくらいしかありませんが、個人的にはこの日の訪問のメインが諏訪大社訪問だった事、この二重堀が思いの外良かった事、更に諏訪湖の絶景見られた事といろいろ重なって文句ない日となりました。


この日下諏訪駅から手塚城(城びと未登録)⇒諏訪大社下社秋宮⇒桜ヶ城⇒諏訪大社下社春宮⇒万治の石仏⇒下諏訪駅と歩きました(総距離4kmくらいですが、アップダウンが多かった)が、妙に観光客が多くて。。。流石諏訪大社、いつもこんな感じなのかな?と思っていたら。。。かの有名な御柱祭の日でした(汗)
(丁度行軍ルートが御柱祭の会場への道だったわけで。。。折角だから見に行けばよかったかな。。。)

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朝田 辰兵衛

吉江館(新潟県新潟市) (2020/09/05 訪問)

【よしえ やかた】木場城の南約10kmの新潟市南区吉江集落にあったと伝えられています。吉江バス停横の吉江児童遊園に「幻の吉江館」パネルがあります。遺構はまだ発掘されておりませんが,一辺80mの堀が巡っていたと言われております。
歴史的には,奥山荘の中条義周(よしかた)が守護代長尾能景から吉江の地を賜り,吉江氏を称したのが始まり。御館の乱では景勝側として戦功をたて,吉江一族はあの「魚津城の戦い」へと…。吉江宗信および信景,中条景泰は連署して玉砕となりました。

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