八代城は一国一城にあって肥後は熊本城と八代城の二城体制、薩摩の睨みを効かせた総石垣造りの城郭でした、築城は加藤忠広が城代加藤正方に命じ元和8年(1622年)竣工した。
縄張は本丸北西隅に大天守と小天守、北東隅に三階櫓、南西隅に月見櫓、南東角に宝形櫓が囲み周囲を多聞櫓と土塀が石垣上構え、虎口は北搦手口桝形埋御門と東の欄干橋大手桝形頬当御門が控え内濠が周囲を廻ってる、本丸の南と東に二の丸、本丸の南と西に三の丸、本丸の南には二の丸と三の丸を仕切る仕切り門が有る、本丸の西と北に北の丸、大きく二の丸の北と北の丸の北に出丸が構え、二の丸、三の丸、北の丸、出丸を外濠が廻ってる。
18年前の平成16年7月中旬、出張の空き時間に二度目の登城と思いますがコンパクトデジカメで100枚ほど写真撮影しました。
車は当時、北の丸の東石垣沿いに駐車可能でそこに駐ました。
探訪は本丸欄干橋から枡形、磨櫓跡上、宝形櫓跡上、三十間櫓跡上、横櫓上、本丸石垣を開口した神社参拝道、橋を渡り内濠外へ、内堀外から本丸南側の石垣を眺め、南西角辺りに八代城の復元俯瞰図が掲示して有り往時の櫓が建ち並んだ壮観な姿に驚愕し見とれる、西に廻り月見櫓台、西側石垣城塁、小天守台、大天守台を眺める、北側の搦手口廊下橋跡を渡り枡形虎口、埋御門跡の唐人櫓台、九間櫓台横を通り小天守台に上がる、小天守と大天守の続き石垣台を通って大天守台穴蔵虎口より大天守台へ穴蔵が構えてる、四重の層塔型天守で穴蔵地階を入れると五階建てさぞかし荘厳で立派だった事でしょう⁈
大天守台から搦手口、唐人櫓台、九間櫓台を眺めて、小天守台南の石塁、南西隅の月見櫓跡、本丸神社参道橋から南にへ、内濠から南側の石垣城塁を眺める、横櫓台、三十間櫓台、宝形櫓台、東石垣城塁、磨櫓台、また欄干橋から高麗門跡、枡形、頬当御門跡、本丸内の三階櫓跡に登り、周辺石垣、内濠を見渡す、北側の石垣城塁、九間櫓台跡へ、下りて埋御門跡から北搦手口、北側の石垣城塁を眺めて、二の丸北御門櫓跡、北の丸石垣、北の丸の西に在る浜御茶屋松濱軒を訪ねるルートで回りました。
約3時間半暑い中での探訪見学でした、圧巻の石垣造り、内濠、連結式天守閣の跡、枡形虎口の造り、元和8年ですから城造り最高到達点、加藤清正仕込みの城ずくりこじんまりはして居ますが立派な造りです、中に神社が鎮座し参道の為に南側の城塁を開口したのは残念ですが、本丸は良く残って居ます。
今回は八代市立博物館未来の森ミュージアムには寄らず、後で立派な立体模型が有ると知り後日、立体模型目当てに登城しました。
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