過去の城郭巡りの振り返り第29弾は、長野県松本市の松本城。
南北に長い松本盆地の東側、武田氏の躑躅ヶ崎館同様に三方を山に囲まれた扇状地に築かれた城。
扇状地の扇端で豊富な湧水があり、北は善光寺に通じる要衝。
1500年代初めに深志城として築城され、信濃守護・小笠原氏の林城を守備した支城の1つ。武田信玄の侵攻により1550年からは武田の拠点となるが、武田の滅亡と本能寺の変の動乱の後、小笠原貞義が奪還して松本城に改名。
豊臣秀吉の小田原征伐の後に徳川家康と共に小笠原氏が関東へ移ると、石川数正・康長父子が近世城郭化を進め、江戸期は再び小笠原氏や水野氏、戸田氏が城主となりました。
現在は本丸と二の丸が史跡に指定されており、現存する建物は天守のみだが黒門と太鼓門が復元され、最近では二の丸の南と西の外堀も復元中とのこと。また三の丸の北東部には惣堀の一部、南西部には惣堀土塁の一部が残っている。
20年近く前の訪問時はその惣堀などが残る北側からスタートし、大手門跡のクランク状交差点や女鳥羽川までゆっくり観光。
クールな天守と広い内堀の印象は鮮明にあるものの、二の丸の丑寅櫓跡や御殿跡は全く記憶になし。
そのため個人的には縄張と防御施設のおもしろさが弱いイメージの城跡だが、江戸期には4つの馬出が存在した模様。
2009年に整備された西総堀土塁公園は未訪のため、二の丸の外堀が完成したらまた訪れてみたい松本城です。
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