公共交通のみで(東海&関西遠征)10日目:伯太陣屋
(2024/10/01 訪問)
信太山駅から徒歩15分くらいで、伯太石碑前(34.496051、135.441490)に着き、その後、武家屋敷跡石碑前(34.495220、135.442240)に向かいました。
1727年(享保12年)渡辺基綱によって築かれました。 伯太藩渡辺氏は徳川家康に仕えて「槍の半蔵」の異名をとった渡辺守綱の五男吉綱を初代とします。
宗家は尾張藩家老の渡辺家で守綱没後、四男治綱が家督を継いで尾張国寺部に陣屋を構えています。
伯太藩渡辺氏は五男吉綱が、1624年(寛永元年)早世した兄忠綱の旧領3,000石と新田520石を合わせ、3,520石の旗本として始まりました。
1661年(寛文元年)渡辺吉綱は大坂定番となって10,000石を加増され、13,520石を領して諸侯に列しました。
当初、武蔵国比企郡野本に陣屋を構えていましたが、1698年(元禄11年)三代渡辺基綱の時、領地を近江国へ移されたので、和泉国大鳥郡大庭寺へ、さらに1727年(享保12年)陣屋を和泉国泉郡伯太へ移し伯太藩となりました。
現在は空き地に石碑が建っています。文字は見えません。
武家屋敷跡石碑は確認しました。
小谷城郷土館にある移築門は、小谷城攻城時に確認しました。
攻城時間は移築門確認時間も含めて10分くらいでした。次の攻城先=家原城を目指す為、信太山駅から電車で津久野駅に向かいました。
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