ながおかじょう

長岡城

新潟県長岡市


旧国名 : 越後

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三浦の晃ちゃん

今は駅に (2024/04/06 訪問)

今はJRの駅になっていて、建物は何もありません。2回目の訪問です。

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しんしんちゃん

結果的にラーメンを食べに来たような‥ (2019/08/04 訪問)

長岡城は簡略して言うと元和3年(1618)に堀直寄により着工され、牧野忠成が6万4千石で入り工事を完成させたとあります。西を大手、東を搦手とし本丸は中央東寄りに築かれていたようです。東西に二の丸と詰の丸、北側に堀を介して東西に伸びる三の丸が配されていたそうです。かつての本丸は市街地に埋まれ、本丸の東側に長岡駅が建てられています。本丸の遺構は全く残っていませんが、駅の近くを歩いていると美味しそうなラーメンの看板が出ていたのでそれに釣られてご入店と相成りました。結果的にラーメンを食べに来たような形になりましたが美味しかったので良しとします。

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河井継之助 (2023/05/05 訪問)

 長岡駅前に石碑、アオーレ長岡前に石碑と案内板がありました。遺構はないようです。
戊辰戦争で激戦地であった城ですが、残っていないのは残念です。それまでの江戸時代は平穏に過ごしていたかというと、火事(三蔵火事)があって城郭すべてが全焼したり、水害により城内まで浸水したことが5回もあったり、地震(三条地震)で被害が出たりと大変だったようです。
 私は長岡藩といえば、司馬遼太郎の「峠」という小説で知った河井継之助が印象的で新政府軍を相手にガトリング砲を放って奮闘する姿を思いうかべます。

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三浦の晃ちゃん

御城印は、注意が必要 (2023/02/22 訪問)

司馬遼太郎さんの小説「峠」の舞台のお城です。新政府軍に抵抗したからか、施設は、石垣や堀などを含めて、全くありません。ここまで、跡形もないところも少ないのではないでしょうか。本丸跡でと二の丸跡に石碑があります。また、御城印は、本丸のものと二の丸ののものがあり、売り場が別になっています。本丸用は、長岡駅改札を、出てすぐの、観光案内所にあります。二の丸用は、アオーレ長岡という別名のある市役所の二階にあります。

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 層塔型御三階櫓[3重/1617年頃築/解体]
築城主 堀直寄
築城年 元和2年(1616)
主な城主 牧野氏
廃城年 明治元年(1868)
遺構 消滅
再建造物 石碑、説明板
住所 新潟県長岡市大手通1
問い合わせ先 長岡市観光課
問い合わせ先電話番号 0258-39-2221