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しんちゃん

言いにくいのですが・・

しんちゃんです。トクさんにはお伝えにくいのですが・・坂本城の三の丸の石垣は埋め戻し作業をしている状態のようです(もしくはすでに埋め戻したか)。文化財振興課の方に尋ねたところ「現在埋戻し作業を行っていますが、将来保存公開が出来れば良いと思います」とのことです。どうもトクさんの嫌な予感が的中したようですね。
国の史跡登録の申請は行っていくようですが、あれだけの石垣をそっくり埋め戻してしまうとは思いませんでした。戦国の史跡は徐々に風化が進んで来てますが、坂本城の遺構だけ人目に触れず何千年も残り続けていくのもどうかな?と思います。
トクさんやPOYO58さんのように見学の機会を得られなかった人たちのためにも、保存公開を希望します。

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栃木西方城

栃木市文化課がお城EXPO2024年に参加しました!! (2025/01/08 訪問)

栃木市文化課がお城EXPO2024年に参加しました!!初の参加ともありワクワクドキドキ、会場内はお城にまつわるブースがいっぱい(^^♪来場者のみなさまの熱気と笑顔で会場内は大盛り上がりでした。お越しいただいたみなさま誠にありがとうございました。
 また企画展「なんで西方城なるほど西方城」が栃木市蔵の街市民ギャラリーにて1月6日(月)からスタートしました。今回の企画展は、西方城跡で発見された施設や出土品等からわかるお城の歴代的価値を紹介します。そのほか企画展関連イベントをご用意しておりますので城びとの皆さま、城びとの情報を見てくださった方、ぜひお越しくださいね!お待ちしております!

企画展関連イベント
★学芸員によるギャラリートーク (展示解説) 申込不要
日 時:令和7年1月12日(日)1月18日(土)1月26日(日)
各日全て午前10時~30分程度
会 場:栃木市蔵の街市民ギャラリー(栃木県栃木市万町3-23)
対 象:どなたでも
参加費:無 料
★西方城跡現地説明会(山頂部・山麓部)要申込
日 時:令和7年1月12日(日)1月25日(土)
各日全て午後1時~午後3時30分まで (雨天中止/小雨決行)
集合場所:西方城跡駐車場
駐車は最寄りの近津神社(栃木県栃木市西方町本城544-1)をご利用いただき
集合場所まで徒歩にてお越しください
対 象:どなたでも
参加費:無 料
定 員:50名(要事前申込、先着順)
申込開始日:令和6年12月23日(月)~令和7年1月8日(水)
申込方法:TEL0282-21-2497
✉bunka02@city.tochigi.lg.jp
※申込には住所、氏名、連絡先が必要です
※くわしくは栃木市教育委員会事務局文化課文化財係までご連絡ください
※歩きやすい服装・スニーカー・飲み物をご持参ください
★歴史講座『なんで西方城 なるほど西方城』要申込
講 師 高見 哲士 (栃木市教育委員会文化課 主査)
日 時:令和7年1月25日(土)午前10時30分~1時間程度
会 場:西方公民館2階大会議室(栃木県栃木市西方町本城1)
対 象:どなたでも
参加費:無 料
定 員:60名(要事前申込、先着順)
申込開始日:令和7年1月7日(火)~令和7年1月20日(月)
申込方法:TEL0282-21-2497
✉bunka02@city.tochigi.lg.jp
※申込には住所、氏名、連絡先が必要です
※くわしくは栃木市教育委員会事務局文化課文化財係までご連絡ください

また現地説明会、歴史講座については定員制ですのでご了承ください。
詳しくは栃木市文化課ホームページにて
https://www.city.tochigi.lg.jp/site/culture/75594.html(こちらにアクセス)

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武将隊員募集!!

グレート家康公「葵」武将隊 隊員募集
徳川家康、本多忠勝の出立に伴い、
新メンバーを募集します。※出立日:令和7年2月23日(日)
応募期間:令和7年3月22日(土)迄 ※二武将が決まり次第終了いたします。
応募方法:下記リンク先をご覧になり、申込書に必要事項を記入の上、郵送下さい。
https://okazaki-kanko.jp/okazaki-park/feature/aoibushoutai/bushou-boshuu
お待ちしております!!!!

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todo94

元日の攻城⑥ 2024年元日のリベンジその1 (2024/01/24 訪問)

多波目城からの転戦です。実は正代氏館は2024年の元日にも訪れています。グーグルマップのポイントを見ててっきり、正代御霊神社が正代氏館だと勘違いしていました。帰ってきてから皆さんの投稿を拝見して青蓮寺が正代氏館であると知り、愕然とするとともに投稿は差し控えた次第です。ただ、正代御霊神社の方が段差がコンクリートで突き固められてなく、館跡の佇まいを感じられるようにも思っています。とりあえず、リベンジ成功です。

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赤い城

海崎城・箱斥候所 (2024/12/15 訪問)

城びと未登録城、箱峠に駐車スペースがあり、ここから登ります。
尾根続きの紫雲出山への登山口でもあり、紫雲出山山頂までの距離表示の案内板がいくつか設置されています。
少し進むと下から見上げるだけで心が折られるような長い階段に、結構な斜度があります。
両側には石積を伴う曲輪状の削平地も連なっていますが後世の畑の跡のようです。

ようやく平坦なところへ、見晴らしも良いです。
ここが三郭、さらに急な階段があり登ると二郭に着きます。
二郭の先に堀切があり、「新田の城あと」の石碑が立っています。
その先が主郭ですが登る道は見当たらず直登、説明板などはありません。
周囲は帯曲輪が囲んでいました。

折角なので紫雲出山まで足を伸ばします。
一旦谷を下りる形になり、尾根道を進み再度登ります。
紫雲出山は香川県では人気の観光地、対岸の福山、倉敷なども見渡せます。
春は桜の名所でもあり、桜越しの瀬戸内海は美しいですよ。

一息ついて引き返しました。
一旦駐車場まで戻り、道路を挟んだ六ヶ峰にある箱斥候所に向かいます。
海崎城の出城といわれています。
道がついていますが途中で分岐、右手の登っていく方へ進みます。
藪の中、横堀状の動線を進み途中から直登。
巨石群の先の山頂部に削平地があり、ここが主郭です。
周囲は石列が一部囲んでいました。
本来は眺望も良いのでしょうが藪化していて瀬戸内海を望むことはできませんでした。

今川焼案件ですが、出雲では大判焼でした。
あいにくあんこが苦手(もみじ饅頭は食べれるけど)なのであまりその存在を気にしたことなかったです。
ちなみにこの海崎城近くでは以前レポートした「たこ判」という食べ物があります。
大判焼の形をしたたこ焼き、というか・・。

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ぴーかる

まるごと将軍山城 (2024/12/08 訪問)

【城域4:曲輪群[4-2]】
<登城路>
①曲輪群[4-3]の北端の尾根から50m程上がると西の腰曲輪に入れます。
②京都一周トレイルの東山58番の札の裏側に尾根が降りてきているので、そこを登って進むと曲輪群の北端の堀切に出ます。58番へは大山祇神社から比叡山への旧道をずっと進んで行くと着けます。

<見所>切岸・堀切・曲輪群
<感想>南北に伸びる尾根を削平した曲輪群で東側の谷への側面を水平に削平して広い帯曲輪を付けています。北端の曲輪はひと際高く、周囲を高い切岸で囲んでいます。北端の曲輪は北側と西側に堀切を備え進入を防御しています。北端の曲輪の南下段が「京都府中世城館跡調査報告書」の縄張り図3番の曲輪になり、広い曲輪で主郭であろうかと思います。3番の曲輪の西下段も広い腰曲輪で西端が曲輪群[4-3]と尾根続きに繋がっています。尾根上曲輪群の西側の帯曲輪も見応えがあって、尾根上との切岸が高く要塞感たっぷりです。尾根上曲輪群は南方向に段々と下がっていって、最後はグッと下がって深い堀切があります。ここの一帯は植林整備されていて雑木が少なく遺構が見やすいです。また他の曲輪群と少し違って腰曲輪を多く設けている事、切岸が高く段差が大きい事、V字堀切がある事等からあとから違う人物が改修した感じがあります。規模も城域1の次に大きい曲輪群で麓付近の中心的な役割をしていたと思われます。ここだけでも十分な見応えで大満足できます。主要部以外に見る余裕のある方はこの曲輪群はお勧めです。
 補足で上記京都一周トレイルの東山58番のある場所は登城路を巨石で塞ぐ虎口のようになっていて当時は城門があったように感じました。写真10枚目。次の投稿はまぐれで行けた曲輪群[4-1]です。

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朝田 辰兵衛

📷失敗もまた思い出… (2024/12/23 訪問)

産業能率大学の正門とパネルを撮影しましたが,天体観測写真のような不可解な画像になっていました。ここは,撮影してウロウロしないで秒で立ち去るにはいかないレアな場所。正門前から伊勢原駅行きのバスが出ています。続々と学生たちに遭遇。私も撮影後に学生たちとともに乗車。特別な緊張感からか,撮影に余裕が足りず,失敗したのだと思います。

取れ高がショボいので,この日の夕食で訪れた,平塚駅ビル「ラスカ」5Fにある「回転寿司みさき」を紹介します。画像は私が光を遮るような格好で撮影したためおいしく見えないですが,ネタはよかったです。シャリは初めて赤シャリを食しましたが,違和感は感じなかったです。駅ビルに入っているからか,少し値段が高めに感じたくらい。お昼は海鮮丼があります。ホントは海鮮丼が食べたかったです…。

さて,チェブさん発動の「大判焼」「今川焼」の件ですが…
新潟市内ではほとんど「大判焼」です。しかし,「今川焼」の店舗もあります。あまり気にせずにどちらでも寛容に受け入れているのではと思います。
ローカル色のある長岡,上越,佐渡ではわかりませんが…。

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POYO58

トクさんへ

僕もトクさんと同じで坂本城の石垣は見てません。僕もこの前みようと話していたのですが、発掘調査の説明後にしばらく見れなくなっている様です。市役所に聞いてみるとそんな感じでした。僕も明智光秀大好きなので早く見たいです。

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トク

石垣を見に行ったのですが・・・ (2024/11/10 訪問)

昨年11月に訪れました。2年ぶりの再訪です。前回は本丸石垣も湖水に沈み見えず、また昨年2月の三の丸石垣が発見された時の説明会にも行けなかったのですが、保存されると聞いていたので楽観気味、やっと大津まで訪れる機会があったので期待を込めて坂本まで行きました。しかし・・・

JR大津駅から堅田行バスに乗り石川町で下車すると、目の前が坂本城址公園です(写真⑨)。ここにはちょっと太めで足の短い大魔神のような明智光秀が立っています(写真②)。もうちょっとカッコイイ感じにしてくれたらいいのですが・・・

そして第一の目的地、湖水の本丸石垣を見に行ってみました。今回も何とほとんどが水没していました(ガーン😱!)またも見られず。かろうじて石垣の石の頭が見えていたのみでした(写真④⑤)。

ならば今度は第二の目的地、発見された三の丸石垣の現場の住宅地へ行こうかと思いましたが、公園にこんなビラが貼られてました(写真⑥)。これは・・・見に来るなという事ですか? やっぱり近隣住民にとってはいい迷惑なんでしょうね。実際に見たというイオさん・シンちゃん・キンヤさん・小次郎さん、POYO君、ともき君らがうらやましいです。私はいったい何しにここまで来たのだろう🤔? もう二度と見られないような雰囲気です。本当に今後保存公開されるのでしょうか?

貼ってあったポスターから当時の坂本城を想像し(写真⑦)、また琵琶湖越しにあそこに建っていた安土城を想像しながら(想像図⑧)・・・そしてむなしく帰りました・・・。
 

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いんげん丸虫

安宅勝山城 和歌山県白浜町 (2024/12/30 訪問)

標高211m
山頂に主郭、2曲輪があり、3方の尾根を
複数の堀切で防御してます。
この城の最大の特徴は東尾根の石積みの
ある5重堀切ですね。
経年変化によるものか破壊によるものか
かなり崩れてしまってますが、圧巻です。
川の土手際に車を停め、看板のある場所
からピンクテープを頼りに登りました。
足元は悪く、昔の梅の収穫用のレールを
跨ぎながら登城します。

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駿府城

駿府城跡天守台発掘調査現場見学会を開催しました!

12月14日(土)に、駿府城跡天守台発掘調査現場にて、「駿府城跡天守台発掘調査現場見学会」を開催しました。
当日は約500名もの方々に参加いただき、歴史ファンや地元の方だけでなく、県外からも多くの方が参加されました。
見学会では、新たに発見された清水御門の仕切石垣(城内を区切るために設けさせた石垣)や普段は公開されていない特別エリアを見学いただきました。
特に好評だったのは、実際に発掘調査に携わった調査員による現場解説です。石垣の構造や調査の方法について、専門的な視点でわかりやすく説明が行われ、参加者からは次々と質問が寄せられていました。

通常の見学ゾーンや発掘情報館「きゃっしる」は年中無休(年末年始を除く)・無料で見学できます!発掘情報館「きゃっしる」では、駿府城跡の調査で発見された貴重な資料や情報が展示されており、大人も子供も楽しめる内容となっています。ぜひお越しください。
ご来場いただいた皆さん、ありがとうございました。

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イオ

御座候

チェブさんの「今川焼」を何と呼ぶか問題ですが、うちのあたりの夜店の屋台では「回転焼」や「大判焼」をよく見かけます。「今川焼」は大学生の頃に東京都内で初めて目にしたように思います(名称自体は知ってましたが)。関西では「御座候(ござそうろう)」とも呼ばれますが、これは一般名詞というより固有名詞(会社名・商品名)であって、絆創膏を「バンドエイド」「カットバン」「リバテープ」と呼ぶようなものでしょうか。

さて、その御座候、関西の百貨店やショッピングモールなどあちこちに出店しており、父がよくお土産に買ってきてくれたので子供の頃から馴染みがありましたが、姫路の会社だと知ったのは ほんの6年前、姫路城の下調べをしているときのことでした。以来、姫路城に登城した際にはいつも家族に御座候を買って帰っています。赤あん(小豆)、白あん(手亡豆)の2種類あってそれぞれ110円(税込)。私は赤あん派ですが、どちらも美味しいですよ。JR姫路駅構内にも山陽百貨店にもお店がありますので、姫路城のお土産にどうぞ。

…そういえば、あまりに当たり前に買っているものだから御座候の写真って撮ったことなかったな。まぁ見た目は普通に回転焼なんですが(笑)

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todo94

元日の攻城⑤ (2025/01/01 訪問)

毛呂氏館からの転戦です。さほど距離は離れていませんが、毛呂山町から坂戸市に入ります。赤い城さんの投稿を拝見して西坂戸運動場の駐車場を利用させていただきました。チェブさんの投稿にある通り、「土塁はどこだ」状態です。説明板の縄張図にははっきりと土塁が巡っているんですけれどもね。

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ぴーかる

まるごと将軍山城 (2024/12/15 訪問)

【城域4:曲輪群[4-3]】
<登城路>麓に最も近い曲輪群で、登城口は聖護院宮墓地の正面右手の崖をよじ登れば曲輪群の南端に入れます。聖護院宮墓地へは<35.032576, 135.797845>から北へ狭い道が伸びています。全ての曲輪群を巡る方がいらっしゃれば、ここから攻めるのがベターかと思います。

<見所>堀切・竪堀・曲輪群
<感想>北東方向に伸びる尾根上を削平した10程ある連郭の曲輪群でこの区画だけで1つの城塞くらいの規模があります。曲輪群には堀切が4か所あり南端・中心・北端、中心の大堀切の北側が主要部の曲輪と思われその曲輪の北側の4か所です。堀切土橋の遺構が良く残っています。曲輪群は南から東側に長升形の虎口、曲輪の真ん中に竪土塁の堡塁があり、西側から上がってくるスロープ状の虎口を防御しています。中心の大堀切の南側に東斜面に落ちる大竪堀が見応えあります。中心の大堀切の北側が主要部であった感じで、段々がくっきりしています。「京都府中世城館跡調査報告書」の縄張り図の8番の倒木が多い曲輪が主郭であろうかと思いました。北端は大きい堀切土橋になっていて、土橋から東に曲がって尾根を登り切りると曲輪群[4-2]に繋がります。曲輪群[4-2]は単独でここだけ特異な雰囲気をもつ曲輪群ではあるがこの曲輪群[4-3]とほぼ繋がっているため互いに連携していたと思われます。この曲輪群[4-3]は将軍山城の導入部を守る最前線の曲輪群という印象を受けました。なかなかの見応えです。次は曲輪群[4-2]の投稿です。

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トク

新大河ドラマ

昨日、新しい大河ドラマ「べらぼう」見ましたが、これ初代蔦屋の話だったんですね(知りませんでした~)。福岡にも蔦屋の本屋がたくさんありますが、これでルーツを知りました。そうだったのかという感じです🤔。

一方で本日NHK-BSで新しく始まった再放送の大河ドラマ「独眼竜政宗」も見ました。以前見た憶えがあるものの、ずいぶん前で忘れてしまっていたので、新鮮な気持ちで見る事ができました。「伊達政宗」の人生には興味があったので、一年間見続けようと思います。そしていつかは伊達政宗の居城(仙台城、米沢城)へも行ってみたいなとも思いました。

来週はこのような名言があるそうです・・・
「梵天丸もかくありたい」
トクもかくありたい・・・🤔?

とりあえず地元「ぎりょう」さん、おめでとうございます😊(笑)。

P.Sチェブさんへ・・・福岡にも今川焼ありますよ!
(ドラえもんのドラ焼きに似ています)。
 

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いんげん丸虫

安宅八幡山城 (2024/12/30 訪問)

標高82m
八幡山神社に看板があり、駐車スペース
もあります。
登城道は整備されていて10分も登ると
素晴らしい遺構を堪能出来ます。
カッコ良い堀切、明確な曲輪と段差のある
切り岸、大きな横堀と時間の経つのを忘れて
しまいます。

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チェブ

今川焼とたい焼き (2025/01/03 訪問)

お城EXPO城のある、横浜みなとみらい近辺で買い物をして中華街へ行く予定でしたが、あまりお腹が空いていないのて、「小田原城」までドライブしました。

ちょっと脱線します。
「今川焼くらいならたべられる」と相方。
「今川焼より、たい焼きのがいいな」と私。
「どこが違うの?」と相方。
どこが違うって、よく分からないけど、たい焼きの方が食べたい
のです。
今川焼は各地、呼び方が違うようで
大判焼、回転焼、御座候と私には馴染みのない呼び方がありました。
「小田原城」近辺でお正月だし出店があるのではないか、と向かうと5時に閉門。
間に合いませんでした。出店もありません。

「小田原城」は天守閣は入城できませんが公園は入る事ができます。ライトアップされた天守や門は幻想的でした。
写真では空が明るく写ってますが、真っ暗です。
そして寒くなり、たい焼きも今川焼も忘れて熱々ラーメンを食べましたとさ。

皆さんの地域では今川焼を何と呼びますか?
今川焼vsたい焼き、このどーでもいい戦いのおかげで幻想的な「小田原城」を見上げる事ができました。

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しろりん

広島市のシンボル (2025/01/03 訪問)

日本100名城の一つで、原爆ドームと並ぶ広島のシンボルにしてランドマークです。江戸時代よりの城は石垣を除いて原爆ですべて破壊され、写真や古図面を元に再興された内部コンクリート製の外観復元天守です。内部は見学しやすいように階段の上り下りの仕切りや見学順路も決められています。それぞれの階層は広島城の歩み、城下町広島の発展と暮らし、甲冑や刀・太刀等の武具のコレクションを展示する資料館となっています。こんなに多くの刀剣や鍔のコレクションはそんなにないと思います!
お正月は城内にたくさんの露店が並び大勢の人で賑わっていました。復元とは言えお城が市民のシンボルになっている街はいいなと思いました。

2025.5 広島城が2026.3月で閉城することになりました。老朽化と耐震性の問題で木造復元が検討されているようです。
https://tabetainjya.com/archives/nakaku2/hiroshimacastle-close/

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トク

秋月藩成立400年記念特別展 (2024/12/04 訪問)

昨年末ですが、秋月藩成立400年記念特別展(写真⑩)を見る目的で秋月城を訪れました。ちょうど紅葉が最盛期でもあったので、とても楽しむ事ができました。

秋月城を築城した秋月藩初代藩主「黒田長興」は、黒田長政の長男で福岡藩52万石を継いだ黒田忠之の弟にあたります。秋月の地5万石を父より分地され、幕府に願い出て秋月藩を立藩します。しかしここで天草島原の乱が起き、長興は徳川家光の命で黒田の軍勢として出陣しました。この杉の馬場で出陣式があったそうです(写真⑥)。そして多大な戦効を上げ家光から絶大な信頼を得て行きます。またその子の長重は、長崎警固や朝鮮通信使の饗応役などの要職を長年務めるなどして徳川綱吉から信頼され、秋月藩は幕末まで存続する事ができました。そんな藩の歴史や貴重な資料などが公開展示されていました(館内撮影不可)。

黒門と紅葉のコントラストは、やはりとても映えて綺麗でした(写真①)。他にも長屋門(写真④)や茶屋(写真③⑤)の紅葉や、旧藩主館跡に建っている秋月中学校などもレトロな校舎でおもしろかったです(写真⑦)。また堀からの石垣(腰巻)と土塁を組み合わせた高さは10mほどもあり、この上にさらに塀や櫓があったので、平城でありながら防御もかなりのものであったと推測されます。石垣は野面積から一部角を砕いた打込接へ移行する過渡期のような乱積で、布積に近い所も一部見られました。また櫓の隅部は算木積で積まれ、一部扇勾配もありました(写真④⑧⑨)。杉の馬場は春には一面の桜の道ができるので、今度はその時期にも訪れてみたいと思いました(写真⑥)。
 

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平井城 (2024/12/01 訪問)

車/晴

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