仁科氏の南方面への拠点の城。城主古厩氏は仁科氏の三男であった。
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2018/02/26 10:14
黒い模擬城門や櫓がある (2009/07/12 訪問)
仁科氏の南方面への拠点の城。城主古厩氏は仁科氏の三男であった。
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2018/02/26 06:45
黒田六端城 (2014/11/23 訪問)
福岡県最高峰の福智山の登山口から鷹取山に向けて登っていく。上段を下段が取り囲む輪郭式の城郭。破城を受けているが虎口は明瞭に残っている。これだけの高所に石垣の城を築くということに、驚きを禁じ得ない。
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2018/02/26 06:39
黒田六端城 (2014/11/22 訪問)
黒田六端城の中では城主の石高が最も少ない松尾城なので、城の規模は決して大きくはない。しかし、主郭周りはきれいに整備されていて非常に見応えがある。石垣が組まれた虎口、幟が翻る南側横矢、櫓台の東側には三重の堀切、北側には畝状竪堀と見どころが満載であった。
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2018/02/26 06:34
官兵衛紀行 (2014/11/22 訪問)
官兵衛紀行に登場した城井ノ上城の三丁弓の岩の前は車でスルー。その先の登城口に駐車スペースがしっかりある。裏門まで40分との表示があったが、臆することなく登城路を登っていった。すぐに表門に到達。人一人通るのがやっとの狭い岩穴である。主郭はあまり削平された感じがなく天然の要害と言った感じ。山賊のアジトといった趣である。炭焼き窯を越え、番人の穴のあく裏門下に辿り着き、鎖を伝って裏門の岩穴に達するまで登城口から15分ほどの所要。きれいに紅葉している木も多く中々の眺めであった。
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2018/02/25 23:36
武運開けたり。 (2018/02/24 訪問)
駿府城天守台見学のあと、攻城。
麓の匠宿は賑わっていたが、山は別(^_^;)
誰もいない😢
北の曲輪まで来たところで周囲を見渡すと四方を木立に囲まれており、帰り道に自信がもてなくなってしまった。(ナビくん、山道苦手だし。)
「駿府城ついでに来た女子」(という設定)が、兵糧もなく後詰も来ない中侵攻すべきかそれとも撤退か。この選択を誤り滅亡への道を突き進んだ武将に想いを馳せながら(嘘です。盛りすぎ。)逡巡していると、天の助けか、本曲輪の方から人の気配。逃してなるものかと諸事質問し、得た返答は「絶対行くべき」。
背中を押され、侵攻続行。
二の曲輪まで来たところで先ほどの御方が戻ってこられ、何と!ガイド付きで本曲輪から麓の人里、そして片桐且元の墓所がある誓願寺まで案内してくださった。
(美濃国から出陣中の甲冑隊員さん、ありがとうございましたm(_ _)m)
おかげさまで滅亡回避どころか大勝利して平定。
…が、山城をナメてはいけない。下りはめちゃくちゃ急峻。明日あたり筋肉痛だ😅
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2018/02/25 21:38
2018/02/25 21:23
雲海を眼下に (2013/12/24 訪問)
黒井駅を降りて徒歩にて向かいました。興禅寺の横の道を向ければ登山口にたどり着きます。一般コースを登って行きましたが、道が整備されていて坂もそれほど急ではなく、まずまず登りやすい。石踏の段まで一気に登りました。途中に堅堀のようなものを認めていました。石踏の段からは本丸までは、そんなに遠くありません。東曲輪までくると石垣が迎えてくれます。その後、三の丸、二の丸、本丸、西曲輪と歩きました。石垣が残っていて、曲輪もわかりやすい。早朝の事もあり雲海を眼下に認める。「結構楽勝かな」
と思ったのはここまで。帰りは東出丸を見ようと別のルートで降りて行きました。道は結構難儀で滑りやすく、一度尻もちをつきました。
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2018/02/25 19:44
官兵衛紀行 (2014/11/22 訪問)
九州攻めで官兵衛が最初に落とした宇留津城。湿地帯は埋め立てられてしまい何の遺構も残っていないが、立派な城址碑があるだけマシってものである。
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2018/02/25 19:39
畝状竪堀 (2014/11/22 訪問)
200を越える畝状竪堀を持つ異色の山城。林道は車両の進入ができず、延々と林道を歩いて行かなくてはならない。林道が崩落していて赤いパイロンが立っているあたりが二の丸の登城口なのであるが、完全に見逃してしまって行き過ぎてしまった。堀切とおぼしき部分に直登でとりつき二の丸に辿り着いた。畝状竪堀は数多く見られたが、樹林の中なので見栄えは今ひとつ。
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2018/02/25 17:29
2018/02/25 17:21
2018/02/25 16:57
黒田六端城 (2014/11/22 訪問)
関ヶ原の恩賞で筑前を賜った黒田長政が東方の国境沿いに築いた黒田六端城。豊前の細川忠興と不仲がこの防備の理由とされている。黒崎城には軍師官兵衛でも存在感のある井上九郎右衛門之房が入っている。街中の城であるが、石垣、土塁、郭と云った遺構が残っていて中々の佇まいであった。
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2018/02/25 16:52
移築 (2014/12/14 訪問)
とりあえず今回は膳所城内のお椀蔵だったという六体地蔵堂と御霊神社の本丸黒門。そして草津宿本陣。全国に残る本陣の中で最大規模を誇るというここには膳所城の御殿の一部が移築されている。膳所城御殿の遺構がどの部分になるのかわからないが、中々豪華な内装であった。
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2018/02/25 16:45
彦根城天守 (2014/12/14 訪問)
城址碑くらいしか見当たりませんが、大津城天守は彦根城天守として移築されたとも伝わっています。だとしたら国宝じゃん。
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2018/02/25 15:55
田畑の一画にある (2014/03/17 訪問)
新宮神社の付近にあった。太閤の渡しの石碑があり加古川の水運に絡んでいたと思われる。
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2018/02/25 15:54
本丸に残る石垣 (2018/02/23 訪問)
約45分かけて本丸へ。
本丸の土塁と堀切。六の丸まで連なる山頂部。
一段離れた場所にある大夫丸。
登城は一苦労ですがいい城です。
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2018/02/25 15:46
主郭 (2018/02/24 訪問)
北条早雲(伊勢新九郎)誕生の地。
井戸跡や堀切がある。石垣らしきものも発見。
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2018/02/25 15:41
甘崎城 (2018/02/17 訪問)
潮割れで歩いて渡れる時にまた行こうと思います。
2枚目からの写真は海割れで歩いて渡った甘崎城です。
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2018/02/25 15:38
守護赤松氏の東播磨の拠点先 (2014/03/17 訪問)
平城で東西400メートル南北300メートルという広大な城地があった。圃場整備事業で田畑や宅地になり見る影もない。
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2018/02/25 14:55
冠門の虎口と模擬櫓 (2018/02/11 訪問)
高台にある城。
土塁、虎口、井戸、排水溝を復元
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