主郭へ行くまでのルートでも所々に石垣を観ることができます。また虎口の先を下ると、思っていた以上に石垣を観ることができました。無理をしてもう少し探せばもっとあると思いますが、勾配が急な坂の横移動となるので無難な範囲で見学しています。追加で投稿します。
眺望もよく期待以上の城址でした。
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2026/02/01 08:49
2026/02/01 08:33
母里太兵衛 (2026/01/30 訪問)
標高633mの鷹取山に築かれた「黒田六端城」のひとつで母里太兵衛友信が城主をつとめた城です。筑前と豊前の国境にあり筑紫氏、菊池氏、大友氏、大内氏などの勢力が激しく争った城でもあります。上下2段の曲輪で構成され4カ所に虎口が設けられていました。少し下ると周囲には石垣と畝状竪堀を観ることができます。竪堀はひとつひとつが幅広く迫力があるのですが、乱立する木々と倒木で写真にするとわかりにくくなってしまうのが残念です。
白糸の滝近くの上野(あがの)登山口より上野峡合流地点、上野越・福知山分岐を経由して登城しました。途中のおおつが林道を横切るまでは岩がごろごろした道を行くのでかなり歩きにくい所もあります。
今回は上野登山口よりの道を選択しましたが、トクさんが投稿されていたルートはいろいろとおもしろそうで次の機会があれば検討したいと思います。
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2026/01/01 22:04
20190418鷹取山城(福岡県直方市) (2019/04/18 訪問)
上野(あがの)登山口近くの無料駐車場を利用し、1時間ガッツリ登山。本丸下段南北と上段東西に計4か所残る枡形虎口は疲れを忘れさせる素晴らしさ。水仙咲き誇る本丸からの眺望も素晴らしい
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2025/06/03 14:28
黒田六端城を行く:(3城目)鷹取山城(2/2) (2025/02/21 訪問)
鷹取山城の続き(2/2)です。山頂からの360°の眺めは最高でした。汗をかいたので風がとても気持ちよかったです。前回写真⑦の説明で太兵衛が日本一だと言っていた、ここよりまだ高い福智山がドンと目の前に見えます(写真①)。あの上からこの鷹取山城を見下してみたいですが、私の足がもう限界と言っているので無理そうです。ここで持ってきたお茶とおにぎりを頬張りました(うまい!)。神社からここまで誰にも会わず、この雄大な景色をゆっくりと一人占めできました!(写真②③)。結局平日のせいか、行きも帰りも最初から最後まで誰にも会いませんでした。
鷹取山城は二段になっていました(写真④)。上段の主郭には隅櫓の礎石跡があります(写真⑤⑥)。下段の外郭にも櫓の跡がいくつかありました(写真⑦)。また四方に虎口があります(写真⑧)。当時はさらに上段・下段とも多聞櫓で厳重に囲まれていたようです。斜面には石垣の跡や畝状竪堀も見られたので、破却前はいったいどんな城だったのか? かなり壮大な城だったように思えました。
帰りは福智山ダムルートで下山しました(前回写真⑨)、というか同じ道を下るつもりが間違えてしまい、1時間も遠回りしてしまいました。結局全行程4時間くらいでバス停まで戻り着くだろうと甘く考えて登り始めたのですが、私は健脚でないにもかかわらず、さらに道まで間違え遠回りしてしまったので、終わってみれば7時間もかかってしまい、翌日筋肉痛に襲われたのは言うまでもありません(笑)。
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| 分類・構造 | 連郭式山城 |
|---|---|
| 築城主 | 永井宗久 |
| 築城年 | 永承元年(1046) |
| 主な改修者 | 黒田長政 |
| 主な城主 | 永井宗久、少弐氏、筑紫氏、大友氏、母里氏(黒田氏家臣) |
| 廃城年 | 天正15年(1587) |
| 遺構 | 曲輪、石垣、土塁、竪堀 |
| 住所 | 福岡県直方市大字永満寺鷹取山、田川郡福智町 |
| 問い合わせ先 | 直方市教育委員会庶務課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0949-25-2243 |