平成25年に国史跡に指定された『三木城跡及び付城跡・土塁』のうちの一つ。
羽柴秀吉による三木城攻めの際、三木城の南方に毛利軍による魚住城から三木城への兵糧や物資の補給を絶つために付城を何カ所も築き、それらを二重~四重の土塁でつないだものです。この大塚城はその付城のひとつです。
前々から気になっていたのですが、本日ようやく訪れることができました。
何回か蜘蛛の巣のトラップにかかったり木々が多く薄暗かったり蚊にめっちゃかまれたりしましたが、下草が刈られ、見学しやすかったです。
で、遺構ですが、これがかなりしっかり残っていましたよ。
まず、『大塚城』の名が示すように古墳を利用したであろう痕跡が随所にみられました。主郭の土塁は周濠の堰堤部に手を加えたようで、中央部は円墳っぽい。ここはどうやら物見台として利用したのでしょうか。
それだけでなく、外枡形らしき土塁の形状やら横矢掛を何カ所も見受けられました。
いかにも織豊期の陣城って感じで興奮しました(笑)。
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