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2018/03/02 14:25
神社由来 (2018/03/02 訪問)
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2018/03/02 14:21
寺内町としての方が有名 (2018/03/02 訪問)
ひっそりと石碑は残る。寺内町としての方が有名。あるだけでも感謝。
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2018/03/02 11:16
江戸時代末期に築造 (2015/10/16 訪問)
六角形の遺構が良く残っている。
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2018/03/02 11:06
西伯耆の軍事上の拠点の城 (2010/10/25 訪問)
宿泊施設が天神丸に立っている。二の丸、本丸、中の丸、天神丸など8つの廓がある大きな城だ。だが雑草が酷くて断念した。帰って調べたところ本丸、二の丸は私有地の為立ち入り禁止となっていた。
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2018/03/02 07:41
日和佐の (2017/12/17 訪問)
城の全景を撮るには広眼レンズが必要です。日和佐の大浜海岸は海ガメの産卵場所として知られています。
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2018/03/02 07:26
和歌山城 (2017/11/24 訪問)
庭園はいつ来てもいい。
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2018/03/02 06:46
大河ドラマ館 (2014/08/14 訪問)
白すぎ城になって初めての攻城。開城の9時の段階では土砂降り状態。暫く軒下で雨宿りしたが、ずぶぬれになりつつ西の丸から攻めていく。重文のリの一渡櫓は官兵衛の歴史館となっていた。甲冑などの展示ばかりでなく説明文を隅から隅まで読んで時間をかけたが、雨がやみそうな気配はなかった。
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2018/03/02 06:35
亀 (2014/09/15 訪問)
川沿いの道からアプローチすると亀城という別名が納得できるシルエットを確かめることができる。脇道から登城していくと東の丸に到達。麓からの比高は大したことないのだが、本丸からの眺めはなかなかのもの。大楠の存在感もかなりのものだった。土塁、空堀跡は今ひとつ遺構がよくわからなかったが、武者走りから東の丸に抜けて一通り城跡を散策。最後は城の麓に移築されている眼鏡橋をチェックすることができた。
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2018/03/02 06:30
赤門 (2014/09/14 訪問)
松陰神社の辺りには石垣、旭ヶ岡公園の内堀沿いに進んで鹿島高校正門には赤門が残っている。更に鹿島実業高校を越えた北には大手門も残っている。
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2018/03/02 06:26
堅城 (2014/09/14 訪問)
須古小学校の後背に建つ丘城。すぐに主郭に辿り着くことができる。この城を落とすのに龍造寺隆信が12年もかかったとは俄には信じられない。
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2018/03/01 20:34
大阪城 (2017/11/19 訪問)
城郭検定試験の前に見学。蛸石の大きさに感動。
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2018/03/01 20:26
武雄高校 (2014/09/14 訪問)
武雄高校が塚崎城。三の丸に説明板があったが、それ以上奥の学校内に踏み込むのはためらわれたのでここで引き返すことにした。
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2018/03/01 20:22
肥前の名城 (2014/09/14 訪問)
登城を開始して突き当たりを左に行き、まず、旗竿石をチェック。ここから延々と尾根を辿り本丸を目指していく。橋の架かった三の堀切もなかなかのものだったが、三の丸の先の二の堀切には見事な石垣が残っていた。二の丸から本丸、三左衛門殿丸にかけてはそこかしこに石垣が残っていて非常に見応えがある。更に先に進んで抜け穴と伝姫落とし岩まで存分に楽しんだ。ここの前に行った直谷城にも姫落とし岩はあったが、岸岳城の方が断崖絶壁で遙かに迫力がある。ここに辿り着くまでの道は近江の鎌刃城や豊前の長岩城を彷彿とさせる幅の狭いきりったった尾根もあってスリル満点。旗竿石から姫落とし岩まで優に2000歩はあるのだが、苦労してでも脚を伸ばす価値はある。
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2018/03/01 20:15
歯朶の繁茂 (2014/09/14 訪問)
真っ直ぐ伸びる大手道に直交して4本ほどの土塁と空堀が連続しているが、残念なことに歯朶が繁茂していて土の城の魅力を堪能できる状況にはなかった。山城攻めは冬枯れの季節に限る。主郭はかなりの広さを持ち、物見台や天守台を従えて中々の佇まいであった。
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2018/03/01 20:10
表示は無いが (2014/09/14 訪問)
現地には全く案内表示がなかったが、確かに城らしい遺構は残っている。ただこの城を訪れる人は殆どいないようで蜘蛛の巣には非常に悩まされてしまった。
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2018/03/01 15:51
2018/03/01 15:38
讃岐平野を領した十河氏の城 (2005/10/16 訪問)
称念寺のある所一帯が城址。鬼十河と恐れられた十河一存は三好長慶の弟だった。
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2018/03/01 06:26
長崎警護 (2014/09/14 訪問)
坂を登るとすぐに見晴らしの良い三の増台場に到着。想像以上にしっかりとした石垣で造られている。説明板や石碑もここにあり、目の前にはながさき女神大橋が優美な姿を見せている。更に上に登って辿り着く二の増台場も見事な石垣だ。奥には石蔵もあり、かなりの広さがある。ただ、眺望は残念ながら開けていない。一番上にあるこぢんまりとした一の増台場も同様だ。
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2018/03/01 06:20
落雷 (2014/09/23 訪問)
駐車場が満車で36分、待たされてしまう。14時を回った所でようやく登城開始。津久井城は津久井湖城山公園として整備されていてパークセンター辺りは家族連れで賑わっていたが、城の頂上・本城郭を目指す人はさほど多くない。堀切、引橋などの遺構を確かめつつ本城郭に到着。曲輪の一角には土塁が残っており中々の佇まいである。更に飯縄郭から宝ヶ池、大杉まで脚を伸ばす。大杉は何と2013年に落雷被害に遭っていた。
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2018/03/01 06:14
今ひとつ (2014/09/23 訪問)
登城口を通り過ぎてしまった。登っていって小さな説明板を発見。この辺りが主郭なのだろうが、目を惹くような遺構は見当たらない。
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