瀬平ノ城は元弘年間(1331~34)に矢野義元により築かれました。戦国時代は伊東氏の家臣・上別府氏が守将を務め、1543年に伊東義祐はこの城から島津軍との戦いに出陣し、南方の鵜戸神宮の近くの烏帽子嶺砦を攻め落としています。
瀬平ノ城はサボテンハーブ園から道が続いていますが、園の近くから早々に「通行止」になっています。ネットを検索するとこの先にもゲートがあり鍵がかかっているようです。到着早々に「不発弾」確定ですが、ここまでは昨日の段階で解っていました。伊東義祐がここから烏帽子嶺砦を攻めたという情報も得ていたので、まっすぐ烏帽子嶺砦を目指します。
近くの空き地に車を留め、烏帽子嶺砦へ。ここは鵜戸神宮の西側に位地し、近くを新鵜戸トンネルが通っています。鵜戸街道の難所の一つ「烏帽子峠」を押える砦で、1541年に飫肥城主・島津忠広が伊東義祐に備えて築きました。
それなりに名のある城だとは思うのですが、案内板も登城道も整備されていません。宮崎県ですね・・。
脇道から分け入って行くと、途中から直登で城域に取りつくことになります。登りやすい場所が見当たらないので崩れの場所から登って行くと、途中から勾配が急になって来ます。勾配の途中から脇の森に取りつき、樹木を利用して上によじ登って行きます。
勾配をよじ登ったあたりからマジモードに入っています。ここの急斜面はなかなかにヤバいですよ。
烏帽子嶺砦は砦と称しながらも、山城と呼んでも遜色のない規模を持っています。城址の最高所に主郭を設け、下方に多数の郭を配しています。もっと注目されても良い城址だとは思いますが、安全な登城道の整備が必要になると思います。
あと、成獣のものと思われる、大きな熊のフンらしきものがありました。しかも新鮮なやつです。日南市の他の城址でも大量の熊のフンを見ています。九州には熊はほとんどいないはずですが、日南市限定・しかも人里近くで繁殖しています。これは怪しいですね。捕獲した熊を勝手に他の地域に放獣する人たちがいるのなら、重い刑罰を課しても良いと思います。
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