今川義元に奪い取られた大高城に対抗して隣接の丸根砦と共に睨みをきかせるため、桶狭間の戦いの1年前に築かれた平山城。
大高城の兵糧攻めとして飯尾定宗ら400名程で守っていたが、今川方の朝比奈泰能の2000の軍勢に攻められ、丸根砦とともに落城した。
JR東海道本線大高駅から5分のところに鷲津砦公園があります。公園の目の前にはコインパーキングもあり、車での訪問も便利です。
丸根砦から400m、大高城からは800mの距離にあります。
砦公園入口からやや急な雑木林の中の坂を登ると、空堀と土塁らしき跡が見受けられ、更に上がると丘陵上部に砦跡の石碑があります。丸根砦と比べれば広い空間が取れるが、空堀と碑がなければただの公園にしか見えません。
もっとも現在地より更に北側の今は住宅地になっている辺りに砦があったとの説もあり、その際にはもっと広く使えたでしょう。
公園入口からの高低差は大きく、攻め難かったことが想像できます。
GoogleMapで見ると鷲津砦と丸根砦の辺りだけ、ポツンと独立した丘陵で大高城に対面しており、更に大高城の南にも2つ他の砦があったとの説もあり、大高城の囲い込み、兵糧攻めは確実に効果を発揮して、松平元康の兵糧入れの必要性が高かった事が分かります。
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