朝一の新幹線で盛岡駅へ行き、レンタカーを借りて東北道を経由して北上江釣子ICへ。国道4号を北上し、県道252号を東に進むと飛勢城公園があり、二子城址となります。
史跡指定はされていないものの、城址公園として良く整備されており、郭や空堀などの遺構が確認できます。
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2020/07/23 01:47
2020/07/23 01:21
2020/07/22 23:15
2020/07/22 23:06
2020/07/22 23:04
信長の館 (2020/07/22 訪問)
信長の館へ行ってきました。
安土城の全貌が展示されています。
焼失から400余年も経た1992年「スペイン・セビリア万博」の日本館のメイン館展示として安土城天主の最上部5階6階の部分が、原寸大にて忠実に内部の障壁画と共に復元されその姿を現しました。そして博覧会期間中には最も多い入場者数を記録し、人々の日本文化への関心の深さが示されました。
万博終了後その「天主」を安土町が譲り受け解体移築し、新たに5階部分に「発掘された当時の瓦を焼きあげて再現した庇屋根」「天人の飛ぶ様を描いた天井」6階部分に「金箔10万枚」を使用した外壁、「金箔の鯱を乗せた大屋根」が取り付けられました。内部には当時信長が「狩野永徳」を中心に描かせたと伝えられている「金碧障壁画」の再現もされ、現在「平世の安土城」として保存展示しております。
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2020/07/22 22:58
熊野水軍も居城とした洲本城 (2020/07/20 訪問)
築城時期は定かではないが、織豊期には熊野水軍が拠点としていた時期があった言う。
大阪湾、紀伊水道を臨む平山城。
尾根をうまく使った縄張りと戦国期の石垣がしっかりと残っています。
日本に3ヶ所しかない「登り石垣」もありますが、危険・立入禁止で見れませんでした。
日本最古の模擬天守。これも登れませんが、昭和3年に昭和天皇の即位を記念して造られたとか。
鉄筋コンクリートでしっかりした造りに見えます。
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2020/07/22 22:53
鎌刃城 (2020/03/07 訪問)
続百名城18城目。
明智光秀巡礼記10城目。
JR米原駅にて自転車をレンタルして20分程度走りました。
最初は少し国道を走って、高校の近くで右に曲がります。
そこから10分以上走ると小さい看板が出てきますので、そこを右に行くと入口に到着します。
私は体力の問題で登山はしませんでしたが・・・・
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2020/07/22 22:45
2020/07/22 22:34
玄蕃尾城 (2020/03/07 訪問)
続百名城17城目。
明智光秀巡礼記8城目。
JR余呉駅にて自転車をレンタルして臨みました。
30分ほどかけて柳ケ瀬というところまで行って入口近くまでやってきました。
体力の問題で登城は断念しました。
この城は、明智光秀と共に織田信長に仕えた柴田勝家所縁の城跡です。
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2020/07/22 22:10
2020/07/22 22:00
安土城 (2020/07/22 訪問)
安土城へ行ってきました。
妻が肉離れで足を負傷していたので御朱印のみ購入して帰りました。
安土城は、織田信長が築いた城です。その規模、容姿は太田牛一や宣教師ルイス・フロイスの記述にあるように天下布武、信長の天下統一事業を象徴する城郭でした。山頂の天主に信長は居住し、その家族も本丸付近で生活していたそうです。なお安土城だけが天守のことを「天主」と表すのが通例です。安土城は総石垣に天守を構え、戦闘よりも権威を見せつけるために築かれた城で、従来の城とは性質が異なります。ちなみに安土城以降の城を「近世城郭」と呼んでいます。1582年(天正10年)に起きた、いわゆる「本能寺の変」の際に焼失しました。現在も天主があった山頂まで歩いてのぼることができます。なお、建造当時は琵琶湖に接していたので水城(湖城)でもありましたが、昭和に入って干拓が行われたため、現在は湖岸からやや離れた位置にあります。
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2020/07/22 21:56
八幡山城 (2020/07/22 訪問)
八幡山ロープウェーに乗って瑞龍寺(八幡山城)へ行ってきました。
御城印10種類GETしました。
展望台から眼下の琵琶湖が綺麗でした。
八幡山城は羽柴秀次の居城として知られています。安土城にかわる近江国の国城として、豊臣秀吉が自ら普請の指揮をとり築城したそうです。これは築城が「小牧・長久手の戦い」の翌年で、しかも徳川家康との講和以前だったこともあり、東国に対する防衛線の意味合いが強かったためと考えられます。現在は山麓から二の丸までロープウェーでのぼることができ、山頂の本丸跡からは琵琶湖や安土山を眺めることもできます。遺構としては石垣を残すのみですが、本丸跡には秀次の菩提寺である村雲御所瑞龍寺が京都から移築されており、麓にある八幡公園には豊臣秀次の銅像が建てられています。また、当時から残る「八幡堀」と呼ばれる堀を見に訪れる観光客も多く、舟に乗って堀を巡る「水郷めぐり」を楽しむことができます。
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2020/07/22 21:45
2020/07/22 21:34
2020/07/22 21:23
2020/07/22 21:09
2020/07/22 20:55
2020/07/22 20:36
2020/07/22 20:15
角牟礼城 (2020/03/01 訪問)
続百名城13城目。
豊後森藩資料館近くに駐車して登城しました。
民家の中を歩くこと10分。山中を彷徨うこと40分以上。
頂上の本丸に行くのに大変苦労しました。
ちょっとした山道なので登山の準備はした方が良いでしょう。
ちなみに当日は小雨が降っており道がぬかるんでおりました。
そして、一回滑ってしまいズボンを土まみれにしてしまいました。。。。
後で知ったのですが、かなり狭いのですが車で行ける道があったそうです。。。
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