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さしをさへ

思いのほか、お城。 (2019/12/13 訪問)

唐突に思い立って甲府に向かい、以前は甲府城だけで帰らざるを得なかったので今回、初めて武田氏館にも足を伸ばしました。
たどり着いて第一印象は「甲府城界隈と比べると観光地っぽい」ですね。正面エリアに武田信玄にちなんだ土産物屋があるだけでも一段違いを感じました。ですがこの日は平日のお昼前後ということで人が殆ど居ないので、散策はゆったりと出来て大変良かったです。
遺跡としての区分が《館》〜ということでそこまで期待してなかったのですが、掘や土塁の落差など見るに思いのほか防御力を感じ、やはり大名が本拠にしていただけの事はあるなと再認識しました。
また、例年がどうなのかはわかりませんが敷地内には結構な紅葉が見られ、この秋個人的に季節を感じる余裕無く過ごした分、ようやく年を越す気持ちにもなりました。

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todo94

築土八幡神社 (2019/12/07 訪問)

牛込見附から歩いてアクセスしました。築土八幡神社の境内には田村虎藏先生をたたえる碑がありました。金太郎、うらしまたろう、一寸法師などの唱歌を作曲された方のようです。

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ぎりょう

陸奥 南北朝期の戦いの歴史が残る城 (2019/12/14 訪問)

栗原市金成地区に残る南北朝期に築かれた城。三迫川沿いの平野の北端に位置する小高い丘の頂上が主郭で、北、東、西は急斜面で守られ、南側は三段の腰曲輪が廻る。現在も一部は畑地に利用されているがとても見やすい状態である。駐車場は無く路上駐車となる。

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コバトン

市街地に残る孤島の要塞 (2019/12/08 訪問)

大友宗麟が島津軍の襲来に備えて籠もった臼杵城。櫓や石垣のほか空堀が残っている。古くは丹生島城と呼ばれその名の通り島を丸々要塞化した。周囲を埋め立てられた現在も市街地に突然岩が剥き出しの城が現れ、ここがかつて孤島の城だったことを感じる。不思議な雰囲気を味わえるお城です。

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山中鹿之介 (2019/12/13 訪問)

 今回が2回目ですが、以前に来た時より整備が進められ見学しやすくなっていました。前に来た時には七曲がりは林の中で倒木を避けながら登城しましたが、今回は木も伐採されていて舗装された道が三の丸まで続いていて歩きやすかった。以前から気になっていましたが縄張り図を見ると東側の山にも曲輪群が描かれています。行ってみたかったがよくわからないので断念しました。

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コバトン

雄大な石垣の山城 (2019/12/09 訪問)

大友家の志賀親次が籠り耳川の戦いに勝利し勢いづく島津軍を寡兵で撃退した堅城。案内板の地図をみると2本の川が合流する絶壁の台地上に築かれており、天然の要害になっていることが分かる。
豊後竹田駅から旧城下町を抜けて15分くらいで登城口に到着。岩がむき出しになった切り立った崖の上に石垣が見えてくる。
階段を登りきるとよい見事な大手門跡がお出迎え。開けた見晴らしのよい台地にいくつもの石垣の遺構が残っている。
特筆すべきは石垣の美しさ。竹田が良質な石の産地であったことが分かる。石垣とそびえ立つ絶壁が調和し、より雄大な姿を見せてくれる。
石垣造りの近代城郭として改築したのは岡藩主の中川秀成の時代だが、場内の案内板を読むとと、加藤清正や藤堂高虎の指摘で大手門の位置や向きを変えたという。名だたる築城名人の意見を素直に取り入れるあたり、秀成公は柔軟な考えの持ち主だったのかもしれない。

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尼子十砦のひとつですが (2019/12/13 訪問)

 木野山神社付近が主郭らしいということで行って来ました。木野山社古墳群の標識はありましが城の標識はありません。堀切とも思えるような地形はありましたが、遺構はよくわかりません。

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畝状竪堀を見るために (2019/12/13 訪問)

 尼子十砦のひとつです。南北に少し曲がった曲輪の西側は断崖となっていて東側には畝状竪堀群があります。この畝状竪堀群は浅くなっている所や藪になっている所もありますが、比較的よく残っていてこの城址の見所です。城址からは月山富田城がよく見えます。
広厳寺南東麓から新しく整備されたという登城路利用しました。広厳寺という寺の近くにあります。入口には標識があり迷うことはありません。しかし獣除けの柵を入るといきなり倒木で道が塞がれていて少し迂回しました。その後は概ね迷うことなく行けますが、少しわかりにくい所もあります。わかりにくい所はピンクリボンのついた木を追って行けば城址にいくことができました。

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尼子氏の精鋭 (2019/12/13 訪問)

月山富田城よりぶらぶらと歩いて行きました。高台にあり太夫神社が鎮座しています。

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南宍道駅から (2019/12/12 訪問)

 南宍道駅の裏に登城路があり15分も歩けば城域となります。案内標識もあり迷うことはありません。城址はよく整備されていて概ね歩きやすく新しい案内板もあり遺構も確認できます。天狗成、詰成、二の成など「成」という言葉が使われていますが「丸」と同じ意味らしいです。茶臼成や馬洗い池なども行きましたが、御居出成方面は金毘羅成あたりまでしか道がわからず行けませんでした。城址は島根県の「みーもの森づくり事業」によって整備が進められているようです。

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ヒロケン

名城 金沢城 (2019/10/20 訪問)

金沢城は犀川と浅野川に挟まれた金沢市の中心部に位置する小立野台地の突端に築かれた平山城です。現在の城域は東西約680m、南北約670m。総面積はおよそ30万㎡におよびます。

現在、多くの建物は失われていますが、石垣、門跡、堀などが多く残り、建造物としては石川門・三十間長屋は重要文化財です。

金沢市役所駐車場に車を駐車し、いもり堀横の石垣を堪能しながらお堀通りを抜け、前田利家公像にご挨拶、石川門から城内へ。石川橋から百間堀を望み「超すげぇ~」石川門を見て「カッコイイ」などとつぶやきながら、河北門・菱櫓と橋爪門続櫓を結ぶ五十間長屋・重要文化財の三十間長屋・そして何より金沢城初期の姿を伝える東の丸北面の石垣などなどを写真を撮りながらたっぷり3時間。
4回目の訪城でしたが、何度来ても、さすが名城(*^▽^*)飽きることなく楽しむことが出来ました。

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公園として (2019/12/12 訪問)

 公園となっていています。本丸まで車で登ることができます。石垣などは一部ですが残っています。

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みざわの館から (2019/12/12 訪問)

みざわの館から登城しますが、すぐに大手門の石垣があり、その上は二ノ丸になります。概ね整備されていて歩きやすい城址です。切岸が美しく見ごたえがあります。本丸隣の鳥居丸には井戸があり、十兵衛担近くには水の手の三沢池もあります。十兵衛担は藪になっていて遺構が十分見ることができませんでした。

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城好きのメガネ

「県指定史跡 滝の城」 (2019/12/07 訪問)

<オススメ>★★★★★
滝の城は、北条氏照が岩付領と滝山領の境目の番城として置かれた城とされる。柳瀬川左岸の台地縁辺部を利用した多郭式城である。本郭・二の郭・三の郭の内郭とそれらを囲む外郭で構成されている。土塁・堀・櫓台が残り、内郭は大石氏が築城し、外郭には発掘調査により「障子堀」が確認されたことから、後北条氏による拡張と推測される。小田原征伐とともに落城し、以降は廃城となった。


<アクセス>
JR東所沢駅 徒歩30分

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街道おじさん

金山城登城 (2019/12/11 訪問)

復元された大手虎口が素晴らしい。
太田駅からガイダンス施設まで徒歩で50分強。ガイダンス施設で地図をいただき、
丁寧な説明も受けたお陰で迷うことなく頂上の新田神社まで辿り着けた。
この間徒歩20分強。結構大変だったが、大手虎口、日の池、月の池、物見台等見て
疲れが吹き飛んだ。
物見台からの眺めは正に絶景だった。

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ぴーかる

能勢氏近世の城(陣屋跡) (2019/11/16 訪問)

【地黄城】
<駐車場他>駐車場はなし。停めれるとすれば北の搦め手門跡の所に駐車できそう。
<交通手段>バイク

<見所>石垣・門跡
<感想>バイクで摂津国の城巡り第2弾、2城目。まずはここも城の歴史の説明から。
 私の丸山城の投稿で述べた能勢頼次は山崎合戦後の秀吉軍に攻められ丸山城落城後、難を逃れてその後徳川家康の小姓となり、関ヶ原に参加して、元の領地を回復し7800石として地黄城(陣屋)を築いた。能勢氏はその後明治まで続く。
城跡は東西南北の単郭の長方形で、東側以外を石垣で囲んでいる。西側に大手食い違い門跡があり、北側に搦め手の虎口跡がある。北西隅に櫓があったようで石垣が出隅になっている。郭の大きさはサッカーコートと同じくらいに見えました。民家が石垣に迫って建っているので見えずらかった。

<満足度>◆◆◇

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todo94

大嘗宮一般公開 (2019/12/07 訪問)

大嘗宮一般公開の最終日前日に駆け込みで江戸城に行ってきました。乾通りも通れたのですが、飛騨の素晴らしい紅葉に比べると見劣りがしたので、富士見櫓の前を通って大嘗宮に直行。江戸城の本丸にあたる東御苑に大嘗宮は建てられていました。天守台から大嘗宮を俯瞰してみたかったのですが、テントが張られていて天守台は立ち入り禁止。北の丸公園は武道館を始めトイレなど大規模改修の真っ最中でした。重要文化財の田安門から牛込見附に抜けました。

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あつ

石垣だけではない魅力満載な山城 (2019/12/13 訪問)

岡城の壮大な石垣が見たくて訪れたのですが、なんと景色の素晴らしいこと!阿蘇山や九重連山を独り占めのダイナミックな景色は圧巻です。明治以降取り壊された城跡が荒廃した様を歌った滝廉太郎の荒城の月が岡城址であったことをここに来るまで知りませんでしたので、余計に有意義な訪問になりました。駐車場も広く、山城にしては登りやすく整備された道で、木々や草木も綺麗に刈られて手入れされていたので石垣も城址も良く見ることができました。
12月中旬に来ましたが、暖冬のせいか、まだ色づいたモミジやイチョウも見られました。紅葉の時期は素晴らしいのであろうと容易に想像出来る訪問のし甲斐がある城跡でした。

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カルビン

オンリーワンの駐車場に先客が・・・ (2014/04/15 訪問)

個人的に近場のお城ならなんでもバッチコイ!な時期に訪問したのが藤橋城。
当時カーナビ付いておらずに探すのに苦労しました・・・

ようやく見つけた城址公園ですが、駐車場らしき場所が見つからず、1台だけ入れる場所を見付けたものの先客がおりまして(ーДー;)

周辺グルグル回っても車を停める場所見つけられず、結構公園から離れた広い農道と思われる場所に路駐してダッシュで散策しました(汗)

当時お城巡り超初心者でお城の遺構と思われる場所が全く解らずに何もない場所だな・・・と思ったものです。
とりあえず城址である事を示す案内を見つけ、あとは適当に写真撮ってすぐに撤退致しました。

今写真見ても、確かに遺構と思われる場所はほぼ見受けられず、唯一北側の田んぼに面した場所が切岸かな?くらいしか見当たらないので、ここだけを見に遠くから訪問するのはかなり勿体ないかと。

できれば同じ青梅にある今井城(オススメ)と、勝沼城(ちょいオススメ)とのセット訪問が良さそうです。
ただ上記2城も駐車場無さそうなので、事前に良くご確認下さい。


先客の車止めっぱなしでしたが、城址公園は無人でした・・・あの車なんだったんだい(-”-#)

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城好きのメガネ

「国指定史跡 河越氏館」 (2019/12/07 訪問)

<オススメ>★★★★☆
河越氏館は、中世武蔵国を代表する武士河越氏が構えた居館跡として国指定史跡となっている。当地は、弥生時代から大集落が営まれ、館の南には的場古墳群が展開するなど古代から地域の拠点であったとされる。河越氏は桓武平氏の流れをくむ秩父氏の一族であり、初代重隆がこの地に移り河越氏を名乗ったのが始まりとされる。源平時代には、源義経に娘を嫁がせ、源氏の一族と血縁関係を結び勢力を拡大した。しかし、義経が討伐され、河越重頼も連座し、所領を没収される。

戦国時代には、長享の乱で山内上杉顕定は扇谷上杉持朝の拠点であった川越城を攻略するために陣を構えていた。その後、川越城が後北条氏の拠点となると、重臣・大道寺政繁が領主となり整備した。現在は、城址公園となっている。


<アクセス>
東武東上線 霞ヶ関駅 徒歩15分

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