明智光秀の丹波攻略に際し、八上城の波多野氏と黒井城の荻野氏の連携を断つべく築かれた城で、両城の落城により役目を終えて廃城となったようです。
山頂部の主郭は随所に石垣が築かれ、北側に石垣造りの虎口、南西下には竪土塁が設けられています。主郭からの眺望は良好で、山越しに黒井城の様子をうかがうこともできます(少々遠いですけどね)。主郭から東と南には細長い曲輪が続いており、東の曲輪はほぼ自然地形ですが、南の曲輪は馬場跡とされ、南端の土塁の下には山岳寺院の園林寺跡の石垣と平坦地があります。園林寺跡の西側には、柏原へと続く古い峠道が通っており、南の曲輪と峠道西側の頂部にある曲輪から峠道に向けて竪土塁や竪堀が伸びていて、峠道を遮断する意図がうかがえます。
登城口から主郭まで40分ほど山道を登っていく必要があるものの、登ってみると、八上城方面にも黒井城方面にも睨みをきかせられ、両城を結ぶ街道筋をおさえる絶好の立地であることを実感できました。また、主郭西下にある奇岩「鬼の架橋」も(金山城とは関係ありませんが)見どころです。
…と、しりとりは繋げられない(沖縄未訪)ので、久しぶりに普通の投稿を。緊急事態宣言前に、明智光秀の丹波攻略戦をテーマとして訪れた城のひとつで、この日を最後に3か月以上城めぐりができていません…(仕事の合間に和歌山城にはちょい寄りしましたが)。今週末は出掛けたいんですが、お天気がなぁ…。
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