山形県の「髙畑城」、高畠町にありました。
畑、畠の字です。
1170年頃、藤原氏の従弟 樋爪氏が築城したそうです。
その後は
伊達氏→蒲生氏→上杉氏と治め、天領になりました。
織田 信浮さんが転封、高畠陣屋 となります。
信浮さん、織田 信長さんの息子、信雄さんの子孫のようです。
信雄さんは北畠家に養嗣子。
畠の字!と、ちょっとテンション アップしちゃいます。
「髙畑城」、高畠小学校が本丸です。
朝田 辰兵衛さんの投稿にあるように土塁の上に学校です。
高畠キッズが遊んでいるので、学校の写真はありません。
今まで、土塁の上に塀、お社、櫓などはありました。
あっ、民家の敷地で畑になった土塁も見ました。
学校、、、、?
他に、土塁の上に学校を建てた例がないか調べましたが、土塁を削ってあったり、ボーリング作業した等々の痛ましい内容が多く、悲しい気分になる前に終了しました。
うんっ、土塁の上としよう。
悩みまくって気がつくと暗くなってました。
「髙畑城」写真②のように水堀が残ってます。
すいません、最初に散策して悩めば良かったです。
1830年頃に廃城した「髙畑城」は長く、お城の役目を果たしました。
これからも長く学校として活躍する事、嬉しく思います。
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