東条吉良氏の居城です。
鎌倉時代から三河吉良荘を領した吉良氏は東条と西条の二家に分かれて対立していましたが、今川義元により東西の吉良家は統一されました。
吉良氏当主の吉良義昭の時に、桶狭間の戦いの後に三河で独立した松平元康と対立し、攻められ落城したといわれます。
模擬城門・物見櫓が老朽化により撤去されるとの情報を知って、8年ぶりに再訪しました。
まだ取り壊されてなくて良かったです。
特に城門の復元で、喰い違い虎口や横矢掛りなどが分かり易く、前回行った時から好きな城でした。
ふるさと創生資金で復元されましたが、恐らく維持費がかかり、壊れてきて危険で撤去を決めたと思われますが、是非もなしでしょうか。
具体的にいつ取り壊されるか分かりませんが、行った時は城門から本丸へは立ち入り禁止でした。
+αで周辺の古戦場と砦にも行きました。
【史跡名】鎧ケ淵古戦場
1561年4月に元康が吉良氏を攻め、善明堤の戦いでは吉良方が勝ったとされます。
【砦名】小牧砦(後に小牧陣屋)
同年の9月、元康は小牧砦を本陣にして東条城を攻略したとされます。
【史跡名】藤波畷古戦場
9月13日の藤波畷の戦いでは、吉良氏家臣の富永伴五郎が討死するなど敗北し降伏したとされます。
【史跡名】富永伴五郎一族討死の地
1717年、村民は憐れんで伴五郎討死の場所に地蔵尊を祀ったとのことです。
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