クラブツーリズム「太田金山城/箕輪城/高崎城」日帰りの2城目は箕輪城です。太田金山城(新田金山城)からの転戦です。
100名城スタンプは「高崎市箕郷支所」で押しました。休日だったので、裏口から入った記憶があります。
箕輪城は在原業平の子孫とされている長野業尚によって築かれ、以降、長野氏4代の拠点となった城です。
長野氏は3代 長野業政 の時代に全盛期を迎え、武田信玄の度重なる侵攻を防ぎました。
しかし子の業盛 の代となって次々と要所を落とされ、1566年(永禄9年)、ついに箕輪城は陥落。
武田氏に奪われてからは有力家臣である甘利昌忠、真田幸隆や内藤昌豊らが城主を務めました。
武田氏滅亡後には織田家臣 滝川一益が入城しましたが、本能寺の変が勃発し北条氏の城となりました。
豊臣秀吉の小田原征伐により小田原北条氏が滅亡すると、箕輪城は徳川家臣の井伊直正に与えられました。
直政は箕輪城を近代城郭に改造したものの、1598年(慶長3年)井伊直正が高崎へ城を移すと、わずか8年で廃城となりました。
自分が攻城した時には「郭馬出西虎口門(櫓門)」が復元されていました。屋根は瓦でなく板葺でした。
堀(堀切)好きな自分が投稿する写真は堀(堀切)が多くなりますが、石垣や土塁等も確認できます。
攻城時間は75分くらいでした。
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