木出城から徒歩30分弱/2.3Kmで千城台北駅に到着。そこから千葉モノレールで千葉駅に向かい、京成線で学園前で下車。
学園前から徒歩15分強/1.4Kmで墓地前(35.554250,140.1505)の城碑/案内板に着きました。
鎌倉時代初期の創建といわれ、千葉氏が上総国との境界付近を守る要衝として築き、重臣の原氏に守らせたようです。
1517年(永正14年)10月15日、足利義明が原氏(原胤清)を追って城を奪い、「小弓御所」(小弓公方)と名乗り、里見氏の支援を受けて後北条氏方の千葉氏・原氏と争いました。
武田二十四将としても知られる原虎胤は、このときの合戦で敗れて甲斐に落ち延び、武田信玄に仕えました。
1538年の第一次国府台合戦で足利義明が敗死すると、城を奪還した原氏は城の北側に新城を造り、表記を「生実城」と改名した。
ただし、近年の発掘調査で新城とされた城も室町時代にはすでに存在していたことが確実となり、実態としては2つの城を併せて「小弓城」、または「生実城」と書き表していた可能性も出てきました。
そのため、近年では便宜上、旧城とされてきた小弓御所跡の城を「南生実城」、新城とされてきた生実藩陣屋跡の城を「北生実城」呼んで区別されることがあります。
現在城址には八剣神社があり、墓地の中に城址碑や案内板が建てられています。
墓地前で城碑/案内板の写真を撮った後、八剣神社に廻り切通しの写真を撮り撤収しました。
攻城時間は20分くらいでした。
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