こちらも、車より交通機関を利用した方が良いと思われる「赤山城」です。
東京外環自動車道が通る大きな街道の横にあります。
この辺りは、いつも渋滞しているイメージです。
まず、家康さんの関東移封に伴い、伊奈 忠次さんが「伊奈城」を築きます。関東代官頭として検地等しました。
「伊奈城」は、こちらから車で小一時間の場所にあります。
忠次さんが亡くなります。嫡男 忠政さんが継ぎますが、またも亡くなります。忠政さんの子は8歳。
まだ幼かったので、忠次さんの次男、伊奈 忠治さんが関東代官のお仕事を引き継ぎました。
忠治さんは すでに赤山を拝領していたので、拠点を赤山に移し「赤山陣屋」としました。
以前「伊奈城」攻めをした事がありました。
同じ伊奈氏だったので頭の中がごちゃごちゃし、調べてみると、こんな理由があったんですね。
私は『赤山歴史自然公園』改め『いいなパーク』の駐車場を期待したのですが、「赤山陣屋」の説明板を見つけ、あわてて路駐してしまいました。
ちなみに『いいなパーク』の『いいな』は"伊奈氏" と "良い " から名付けられたそうです。
レンガの遊歩道があり、車で通って良いか分からず、ぐるっと回り反対側に行きました。
そちらに「赤山城」の石碑と説明板があります。
石碑の前で地元の御老人3人が日向ぼっこしてました。
お一方が車椅子だったので、邪魔しないように写真を写しました。
駐車できるか聞きたかったんですが、世間話とコロナの話になり、お礼をして退陣しました。
広く整備されているようで、歩いたら気持ち良さそうです。
伊奈 忠治さんは関東の治水業務に貢献した方です。
江戸の街を作った、誇り高い伊奈の名前はいろんな場所で使われてます。
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