せんだつじょう

先達城

長野県諏訪郡

別名 : 小東城
旧国名 : 信濃

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1郭に建つ常昌寺、手前に駐車場
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カズサン

武田信虎築城国境の城 (2023/05/04 訪問)

 日帰り甲州路城探訪の5城目先達城に初登城、能見城から七里岩ライン県道17号線を道なりに約20km弱、長野県に約1km程入った道沿いに常昌寺が在りここが先達城址、東門前に広い駐車場が有ります。

 駐車場の東前に案内解説板、城名碑が有り、常昌寺本堂が1郭、余湖図コレクションさんの俯瞰図によって探訪し曲輪名は余湖図コレクションさん俯瞰図による。1郭北に一段上がって墓場、更に北に2郭と鳳凰山大権現社も鎮座し沢に落ち込んでいる、1郭の南に3郭、4郭と続き、各郭の西は鹿之沢川に落ち込み急峻な崖と成っている。
 1郭より甲斐駒ヶ岳がよく見えて、駒ケ岳の左横に小山の様に顔を出してる日本第二の北岳が望める。地元の方に聞いて初めて北岳拝顔?記憶に残ります。

 案内板によると、武田信虎(信玄の父)が享禄元年(1528年)8月諏訪攻略の兵を国境付近に進め、小東の新五郎屋敷を城に取立てと「神使御頭之日記」に記載。地元の伝承によれば、ここ鳳凰山常昌寺の敷地には武田信玄の家臣、多田淡路守常昌の居館があった。常昌は長篠・設楽原合戦で討死。常昌寺は多田淡路守常昌の名に因んだものなのでしょう。(詳細は投稿の先達城址案内板を見てください)

 甲州から少し長野県富士見町に入り込みましたが、日帰り甲州路城探訪の5城目国境の城先達城で当日分は終了、先達城址からは中央道小淵沢ICまで2km程で着き、後は便利なもので中央道、中部横断道、新東名の高速利用、この間は渋滞もなくスムーズに浜松へ帰れ往復約400km程の城旅でした。
 
 

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刑部

【城と標柱】 (2022/05/30 訪問)

お寺さんの入り口

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じゅんじん

お寺 (2021/12/26 訪問)

城址碑が3個あります。国境のお城でした。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り1日目:先達城 (2021/06/27 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り1日目の11城目は先達城です。
笹尾砦から転戦。常昌寺駐車場(35.880534、138.294415)に駐車しました。

先達(せんだつ)城は1528年(享禄元年)武田信虎が諏訪侵攻の際、ここにあった新五郎屋敷 を城に取り立てたという記録があり、これが先達城と考えられているようです。
当時は甲斐と諏訪の国境は富士見町の御射山神戸の南、堺川と思われ、ここで合戦があり、この城は武田軍が諏訪侵攻の為の前線基地として築いた砦であったと思われるが、現在新五郎屋敷がどこにあったのかは特定できないそうです。
信玄の時代には地元の伝承によると家臣、多田淡路守常昌の居館があり、常昌は長篠の合戦 で討ち死にしたといいます。
境内の墓地には常昌の墓碑があるが、文献上ではどのような人物であったのかは 判らないようです。

現在城址は常昌寺の境内となっており、城址碑や案内板が設置されています。また北側には土塁と思われる地形が確認できます。
攻城時間は10分くらいでした。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 武田信虎
築城年 享禄元年(1528)
主な城主 多田常昌(武田氏家臣)
遺構 曲輪、土塁?
指定文化財 町史跡
再建造物 石碑、説明板
住所 長野県諏訪郡富士見町境先達(常昌寺)