「はねる謙信 逃ぐるとぶ長」
信長と同盟を組んでいた能登畠山氏の重臣・長続連の要請により柴田勝家を将とした織田の援軍が近づいて来ていたのに対し、それに気付かれずに畠山氏を下して松任城まで進軍していた上杉謙信軍。
織田軍が、上杉軍がすぐ近くまで進軍していたのに気付いたのは手取川を渡った後で、急遽撤退しようとした織田軍を後ろから急襲したのが手取川合戦になります。
追撃に加えて手取川が増水していた事・織田軍が上杉軍をハナから恐れていて逃げ腰だった事が合わさって織田軍は惨敗した訳で・・・それをもじって後世に残った詩が最初の句。。。ま、それなりに有名なお話ですね(^ω^:)
JR小舞子駅から徒歩15分弱で手取川古戦場跡地にたどり着きました。
現地には遺構や史跡は殆ど残っておらず、呉竹文庫の駐車場に詩碑と解説碑が残るのみです。
古戦場を思わせるものは何も残っておらず(殆どの古戦場が碑石とか解説くらいしか無いのは同じですがw)、ここで追撃戦があったとは思えない程のどかな場所でした。
遠くからここだけを目当てに訪問するにゃ勿体なさすぎるので、周囲の史跡訪問の際のついでに立ち寄る程度で宜しいかと。
(勿論呉竹文庫目当てならそれに越した事は無いかと)
最近TVで軒並み情報番組のMCが東京都のコロナ感染者数が少ないと言ってますが、言うてもまだ400人前後ですからね?全然少なくないですからね?
・・・勘違いする人が多いし、増長する人増えるから、もっと考えてコメントして欲しいもんです。(こっちの方が謝罪もんだと思う)
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