小見川陣屋から転戦。車で7~8分くらいで着きました。
森山城説明板前の空スペース(35.834595、140.633978)に路駐して攻城しました。
森山城は千葉常胤の六男、東胤頼が1190年(文治6年)に須賀山城を築城、その後、1218年(健保6年)に須賀山城とは台地続きに森山城を築城して須賀山城から移ったようです。
三代東胤行は1221年(承久三年)に美濃山田庄の地頭として移り、その後は海上氏が居城としました。
戦国時代には千葉胤冨が東氏一族である海上氏の養子として城主をつとめていましたが、1557年(弘治3年)に千葉家当主・千葉親胤が家臣によって殺害されると千葉宗家を継ぐために本佐倉城に移りました。
胤冨が移ったのちも境目の城として重視され、天正年間には東氏その家臣の原氏が在城して千葉氏にともなって北条氏に臣従しまsた。
1590年(天正18年)城主の東直胤は小田原城で籠城、北条氏滅亡後に森山城は廃城になりました。
現在城趾は農耕地や牧場になっていますが、主郭部には空堀や土塁などが比較的良好な形で残されています。
また、山麓にある真性院芳泰寺は東氏代々の菩提寺であり、東胤頼夫妻の墓があるようですが、自分は行っていません。
星宮大神側の鳥居右側の竹林から攻城しましたが、藪蚊が多く大変でした。
主郭跡前の案内板横に箱があり森山城址説明チラシが置いてありました。
土塁、空堀、土橋が確認できました。
攻城時間は35分くらいでした。
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