しちのへじょう

七戸城

青森県上北郡

別名 : 柏葉城、(七戸陣屋)
旧国名 : 陸奥

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復元された東門
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昌官忠

東北遠征 (2020/07/03 訪問)

本丸の七戸神明宮(40.697764、141.150456)に駐車し攻城。城址を一周しましたが、見所は復元された東門、城塁、水堀といった所です。攻城時間は35分位でした。

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カズサン

南部氏城廻りⅤ カラスに襲われる❕ (2015/05/26 訪問)

 平成27年5月南部氏城廻り第五弾、前日南部氏の三戸城九戸城根城八戸城と探訪し翌日はJRフルムーンパス利用の旅行で家内の希望地「奥入瀬渓流」「十和田湖」を観光し新緑の奥入瀬渓流、十和田湖を充分満喫し午前中と昼食を奥入瀬、十和田湖で済ませ時間も若干有ったので十和田市、三沢方面を目指し七戸城神社前の駐車場に登り車を停める。
 駐車場の有る神社前に案内板が有り、台状の本丸曲輪をぐるっと探訪、七戸城紹介写真に在る水堀、復元門を見学探訪したいと本丸曲輪奥辺りを土塁、崖の切岸をうろうろ、下部分を望んだりしてると急にカラスの襲撃、家内の声で襲撃をかわしまだしつこく狙ってる様なので車の所へ避難、ひなの子育て中だったのでしょうか? それでもまだ狙ってそうなので水堀、復元門を諦め宿泊先の八戸市へ帰る。
 奥入瀬渓流の写真も投稿して置きます。

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刑部

雨の中 訪問 (2019/04/30 訪問)

丁度 雨が降り よく見られなかったのが残念
公園と神社という感じです でも公園としてよく遺してくれました。

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夏の雪だるま

南部七戸藩の居城 (2016/05/06 訪問)

青森県七戸町の七戸城です。七戸城は七戸町の西側に接する台地の東端にあり、市街地を隔てて七戸川が流れています。南北朝時代、北畠氏の家臣工藤氏がこの地に居館を構え、その後、南部政長の居城となり、南部氏の津軽侵攻の拠点であったとされます。城は、七戸川支流作田川左岸の標高40mの丘陵に築かれ本丸、二ノ丸、北館、下館、宝泉館、西舘、角館からなり東西400mって南北350mの規模と言われています。七戸城は1456年蛎崎の乱の時、 下北半島の蛎崎氏に攻められ落城、その後の1483年南部氏の御家騒動に巻き込まれ再度落城しています。城の南は作田川を自然の堀とし、前面と東西は要害ですが、背面は空堀だけのため、そこが弱点であったとされます。1591年の九戸の乱の時、七戸南部氏は九戸氏に味方したため、七戸城も攻撃を受け落城、七戸南部氏は断絶、城は廃城となりましたが、変節を経て1819年1万1千石で南部信鄰が七戸南部氏を継ぎ大名となりますが、城はなく本丸に代官陣屋が置かれ明治維新を迎えてます。現在城は、二の丸下の東門が再建され、本丸に七戸神明宮、二の丸などが柏葉公園になり水堀・空堀などが残る町民の憩いの場となっています。

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城郭情報

分類・構造 連郭式平山城
築城主 工藤右近将監
築城年 建武元年(1334)
主な城主 工藤氏、南部氏
遺構 曲輪、横堀(空堀)、帯曲輪、腰曲輪、虎口、武者隠し
指定文化財 国史跡(七戸城跡)
再建造物 模擬門、石碑、説明板
住所 青森県上北郡七戸町字七戸
問い合わせ先 七戸町教育委員会事務局生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0176-62-9702