JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の2城目は藤沢城です。
干沢城から転戦。国道152号線の藤沢城案内板付近空スペース(35.927390、138.098468)に駐車しました。
居館跡地?(35.927692、138.097516)まで20mくらいでした。
藤沢城の築城時期についてははっきりしていませんが、元暦・文治年間(1184年~1190年)に諏訪の社領に属していた藤沢盛景が城主だったと伝わります。
その後、1549年(天文18年)には武田信玄の家臣である保科正直が城主をつとめています。
保科氏は武田氏の滅亡とともに1582年(天正10年)に高遠に移ったといわれています。
その後の藤沢城の経緯は定かではないが、藤沢城は諏訪から杖突峠を越えて高遠との中間地点で、杖突街道を監視する目的で築かれ、利用されたと考えられています。
現在城址には土塁や堀切などの遺構を確認することができ、標柱と案内板が建てられているそうです。
案内板を西へ折れると、藤沢川に架かるコンクリート橋先が登城口です。有刺鉄線等で塞いでますが、端部が外れ通る事ができます。
千沢城での脱輪影響の為、時間短縮上、登城口付近で引き返しました。
攻城時間は10分くらいでした。
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