国府台城➡矢切駅➡青砥駅下車。そこから徒歩15分で御殿山公園(35.755143、139.854667)に着きました。
鎌倉時代に桓武平氏の流れをくむ葛西氏が城館として築いたという伝承もあるが、その詳細は不明だそうです。
確実なところでは、関東地方における享徳の乱において旧利根川筋をはさんで西側に上杉・幕府方、東側に古河公方の勢力が対峙する情勢のなか、15世紀中葉に関東管領家の上杉方の城として築城されたと考えられています。
下総国への重要な進出拠点として、扇谷上杉氏や北条氏によって争奪されました。
北条氏康が里見氏を攻略した国府台合戦の際には北条氏側の最前線として利用されました。
1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐では戸田忠次らによって攻められ落城しています。
その後は廃城となりますが、徳川家康の関東入封後はここに「青戸御殿(葛西御殿)」と呼ばれる陣屋が建てられました。
この陣屋は3代家光の頃まで鷹狩の宿舎として利用されましたが、明暦の大火(明暦3年(1657年)頃)で焼失した江戸城再建の資材に利用するため破却されています。
現在は城址の中心部を南北に環七通りが横切っており、東西それぞれの城郭跡が「御殿山公園」「葛西城址公園」として整備されています。
葛西城址公園と御殿山公園とに分かれていますが、自分は御殿山公園のみ散策しました。
御殿山公園には、発掘の出土品の写真や青砥藤綱城址の城址碑がありました。
攻城時間は10分くらいでした。
+ 続きを読む










