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いんげん丸虫

高部向館 茨城県常陸大宮市 (2019/01/02 訪問)

高部城の南にあります。出城でしょうか。
この地域は何か独特の風情があっていろいろ調べてみると面白いかもしれませんね。

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kazu

弘前さくらまつり (2019/04/29 訪問)

弘前さくらまつり開催中。
石垣修復のため天守は移動していました。

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kazu

久保田城 (2019/05/01 訪問)

平成最後の日に佐竹資料館でスタンプ押印。
令和最初の日に御隅櫓に登りました。

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あんらくごえ

なんでここに亀山城が? (2019/05/18 訪問)

古宮城に向かう途中、道の駅をスルーした後に巨大看板を発見したので戻って登城しました
奥平氏の居城ということで整備が行き届いていて道の駅も近くにあって地元的には古宮城よりこっちが話題になって欲しいのでは?と勘繰りたくなるほど良い所でした。奥平氏の四男は作手藩主としてこの城を中心に領したあと伊勢亀山城に転封になったとのことで奥平氏への勝手な親近感が大幅アップしました

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あんらくごえ

武田氏三河攻略の足掛かり (2019/05/18 訪問)

続100名城スタンプラリー24か所目で訪れました
不死身の鬼美濃と恐れられた馬場信春が築城したと伝わる甲州流の築城術が色濃く残る城です
個人的に衝撃を受けたのはわずか1.3Kmの距離に奥平氏が当時居城としていたであろう作手亀山城があったことです。
しかも古宮城は田んぼの真ん中にある独立した山(あまり高くないので丘)に築城されていてどうやって敵地のど真ん中にこんな大規模な城を建てたのかちょっと当時の築城の状況が想像できませんでした。前線に携わった人々の心持ちを考えると同情と尊敬の念を禁じ得ません

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kazu

不来方のお城 (2019/04/28 訪問)

桜がきれいでした。ちょっぴり寒かったです。

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あんらくごえ

遠州を制する城 (2019/05/18 訪問)

続100名城スタンプラリーで23か所目に訪れました
最短コースの搦め手から登城しましたが、断崖絶壁で人を拒否するかのような急勾配の切岸が圧巻です

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kazu

根城 (2019/04/28 訪問)

根城さくらまつり開催中で八戸市博物館と本丸が無料でした。枝垂桜がきれいでした。

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たくわん

裏側もおもろいよ (2019/05/18 訪問)

東武動物公園からバスで新町下車。徒歩15分。田んぼの向こうにお城が見えてきます。裏口には熊とかゴリラとかいました。お城のマンホールもありました。お城の1階には河童と川下りゲーム面白かった。

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三左衛門

地元民として…prat2 (2019/05/14 訪問)

直近の登城は2019/05/14

先に記載した大田原城同様、まず桜の時期は避けることを勧めます。

後1つ、気を付けなければならないのが、これからの季節。

本丸をはじめ、至る所に紫陽花が植えられていて、その年の天候等によりますけれど、6月中旬〜7中旬は来客が増えます。

尚、毎年紫陽花祭りを開催していて、今年は6/15〜7/7との事なので、この時期は避けた方が無難でしょう。

それでは前回同様、写真連動での案内を(10枚制限、何とかして欲しい)。

今回の各名称は、「近世栃木の城と陣屋(杉浦昭博、随想舎)」の、旧版、並びに改訂増補版を参考にしています。

①会所跡
三ノ丸、九鶴門の脇に有ります。
現在はトイレ併設の駐車場。
トイレ裏手にも土塁の遺構が有ります。

②藩校、作新館跡周辺
画面左手の方角に黒門と呼ばれる門があったとの事。

③浄法寺邸
建物は創建時とは違います。
松尾芭蕉が黒羽滞在時、世話になった家。
黒羽で二週間滞在って…。

④藩校、作新館跡
現在は御覧の通り畑となっています。

⑤本丸空堀
西から撮影、左手が本丸になります。
中央の橋は公園整備に伴い増設された物。

⑥本丸土塁
南西方向から撮影。
⑤から視点をずらした形になります。
黒羽城鳥瞰図をみると、この土塁上に二階櫓らしき建物が確認出来ます。
尚、残念ながら…2011/03/11の地震に因り、著しく崩落、損壊しましたけれど、現況まで復旧となりました。

⑦二の丸(北城)
森林組合の建物だった施設が廃墟化しています。
写真左手が本丸で、本丸と二の丸を隔てる土塁も残っています。
右手は黒羽体育館なのですが…これは二の丸の土塁を削り、三ノ丸に跨がる形での建設だった模様。

⑧中門(桝形虎口)
会所跡から、道路を挟んだ階段を登り、右手に曲がった後、道なりに進んで橋を渡った先に有ります。
黒羽城鳥瞰図には、画面左手の土塁上に、櫓らしき建物が確認出来ます(場所ついては、もしかすると本丸土塁南東端の可能性も)。

⑨北坂門周辺
画面左手に石上台(上城)跡、更に奥に進むと八幡館跡、鎮国社へと続きます。
今は整備が進み、また、個人所有地等もある為、石上台周辺に立入る時は十分注意して下さい。

⑩大雄寺(だいおうじ)
黒羽城の大規模改修を最初に行った、大関高増の建立した寺院で、江戸時代を通じて黒羽藩主だった、大関家の菩提寺でも有ります。
本堂等が茅葺き屋根となっていて、国の重文指定を受けています。
二の丸の南側に位置する三の丸に在って、南へ舌状に広がる平坦地と、道路を挟んだ東側にある、大手口を見据える様な位置取りになります。
尚、事前予約すれば、建屋内の見学や、体験修行なんかも出来る様です。

と、まあ、こんなところでしょうか…かなり大雑把ですけれど、登城の際の参考になれば幸いです。




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国重

2城行くつもりでしたが・・・ (2019/05/18 訪問)

新高山城と対岸の高山城の2城行くつもりでしたが、新高山城をいろいろ回って写真を撮っていたら3時間もかかってしまいました。天気も雨になりそうだったので、高山城はあきらめました。またの機会に・・・。

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天下泰平

楽しめるのはお城だけではない (2019/05/18 訪問)

高石垣、大手門跡から入って見える狭間の多さ、枡形。それだけでなくキリシタン殉教の歴史、長崎の平和記念像の作者は北村西望だったことなどたくさんの見所あり。
でも軍学者であった松倉重政の歴史、人となりは全く語られていない。島原の乱を起こした圧政者だからか。

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スミヤキ

未完成の悲運の城 (2019/04/05 訪問)

天正9年(1581年)暮れに武田勝頼は、躑躅ヶ崎館から新府城に本拠を移します。

新府城は甲府盆地の西部に位置した、八ヶ岳の山体崩壊に伴う岩屑流が釜無川と塩川の侵食により形成された七里岩台地上の小山に築かれた連郭式平山城です。
約70mの高さの急崖を城壁に、東西を南流する両河川を天然堀とした要害堅固の地です。釜無川の対岸には、甲斐武田氏初代信義公が眠る願成寺や館跡がある、所縁の地であり、この地が選定されたのも偶然ではないと思います。

武田氏の守護館を踏襲して造営された新城も、織田・徳川軍の侵攻を受け、わずか2ヶ月余りで自落の運命を辿ることになります。新府城退去後、数日で勝頼主従は自決することに。
近年の調査により、城の大手口には門が無かった事が判明したようで、城門が無い状態では籠城の選択がある訳もなく、立ち退くことも致し方ないと思います。

何故、勝頼さんは未完成な新府城への転居を急いだのでしょうね? そんな事を思いながら、悲劇の歴史となった城跡を歩きました。駐車場から、搦手口にまわり、二の曲輪、本丸を目指すと様々な遺構を見つつ、登城を楽しむことが出来ます。甲斐守護名門武田家に相応しい大規模で見所の多い、素敵なお城です。周囲の山々の景観も素晴らしく、きっと満足すると思います!

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たかさん

感動 (2019/05/18 訪問)

休みにふいに行きたくなって、車で約3時間半ぐらいかけて到着。
山道から急に現れる立派な石垣にまず感動。山上にこのようなお城を建築した
先人にすごく尊敬しました。
後、猫の城主は非常にカメラ慣れしてました。

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のん

東京駅からバスで一本で行ける (2019/05/01 訪問)

山中にあるお城が多い中、東京駅から直通バスで1時間ちょっとでお城の入り口まで行け、アクセス抜群!くるり、という音が可愛らしくて、テレビ番組の中島卓偉のお城へ行こうで紹介されて気になっており、ゴールデンウィークに勢いで息子と行ってきました。
天守跡の隣に模擬天守が建っており、これがばかにするなかれ。なかなかの景色です。この場所を選んで建てた利を感じることが出来ます。このお城の大名であった里見氏と北条軍が戦った古戦場跡や、館のあった場所なども見られます。模擬天守の中は、無料の博物館になっていて、お城の歴史やこの辺りの出土品なども展示されています。新井白石の出身地ということで、銅像が建っていました。
お城までの道のりは二つあり、整備された道は、めちゃめちゃ高い断崖が圧巻!また、整備されてない細い道沿いには小さな神社があったり、湧き水が出てたりと、味わい深い雰囲気が楽しめます。行き帰り別の道を歩くのもおススメです。
有名なお城ではないですが、なかなか味わい深く手応えある城跡でした!

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ヒロケン

阿波九城のひとつ (2019/04/29 訪問)

一宮城跡は眼下に鮎喰川を望み、また背後は急峻な山地に囲まれた天然の要害です。標高144mの本丸を中心に明神丸、才蔵丸、小倉丸、椎丸、水の手丸などの曲輪やそれらを防御する竪堀、土塁などが東西800m、南北500mの範囲の尾根筋上に配置されており、県下最大級の規模と堅牢さを誇ります。
天正13年には蜂須賀家政が入城し、阿波支配の拠点として大改修を開始したものの、翌年徳島城に本拠を移すことになります。その後、一宮城は阿波九城の一つとなりますが、寛永15年に300年の歴史を閉じ廃城となります。

一宮城へのアクセス 電車では、JR徳島駅から、徳島バス天の原西線・一宮線で約40分「一の宮札所前」停留所から直ぐに一宮城に登る登山道があります。
車の場合は徳島自動車道「藍住IC」から車で35分です。(駐車場が少ないので要注意です)

自分は、登山道直ぐ前にある一宮神社の駐車スペース(軽自動車2台分位)に初穂料(短時間100円・長時間300円)100円を支払い駐車させてもらいました。
一宮城はお城仲間より聞いてはいましたが、初めて登城するお城でした。登り始めて、15分程で倉庫跡・曲輪跡を見ることが出来、倉庫跡から5分程で格好の良い、堀切を挟んで才蔵丸・明神丸。明神丸から3分程で本丸に到達します。
本丸を囲む石垣が素晴らしく、夢中で時間を忘れ写真を撮っていたので、小倉丸・椎丸・水の手丸を攻略する時間が無くなり行けてません。次回、登城した際に攻略したいと思っています。

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のん

江戸城音声アプリがおススメ (2018/05/05 訪問)

東京にいるなら江戸城は見ておかないと!と出かけました。お城巡りのための音声アプリがあり、それを聴きながら歩きました。初心者向けかもしれませんが、ガイドさん付きのようで楽しいです。
石垣が洗練されてて、さすが天下統一した人のお城だと思わせる迫力でした。石垣に大名の家紋を見つけるのも楽しい時間。番所や門など再現されていたり、見るところはたくさんあります。
天守閣のあった広場は、とても気持ちよく、東京で広い空を見られる場所はここしかないでしょう。
一つひとつをゆっくり見すぎて、全て回れず桜田門側は行かれませんでした。
後で調べたら一回りするには桜田門からスタートするのがよかったみたい。(アクセスの場所にもよりますが)また行きます。

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わんわん

(2015/09/23 訪問)

保育園の卒園旅行以来、30年振りに見たお城は、感動するくらい、美しかったです。

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あつ

六段壁がとにかくかっこいい (2019/05/11 訪問)

登城口近くの岩村歴史資料館(百名城スタンプ)の駐車場に停めて登城しました。本丸まで約20分くらいの登りですが、整備されて緩やかなので、山城にしては登りやすかったです。訪れた5月中旬はちょうど野花と新緑が美しかったです。山道の途中、刺しはしませんが小さな虫がかなりいたので、虫除けやミントスプレーがあればよかったなと感じました。登山が苦手な方でも本丸のすぐ下にも駐車場があるので行きやすいです。霧ケ井や菱櫓など見所多く、本丸直前にそびえ立つ六段壁が姿を現した時は思わず声が出てしまうほど圧巻でした。本丸からの眺めと資料館駐車場からの眺めは癒されます。日本三大山城らしい風格のある何度でも訪れてみたい城跡でした。

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与助

ジンヤです (2019/05/06 訪問)

ニッポン城めぐりで、岡崎城まで徳川家康公をお迎えに上がる途中に立ち寄りました。
敷地も含め非常によく手入れされていて、町の人々から大切にされていると感じました。

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