(続き)
惣構めぐりと併せて自転車で城下町をめぐり、その後は車で亀山城周辺の明智光秀ゆかりの地をめぐってみました。
南郷公園
外堀(南郷池)の畔に整備された公園で、入口に一対の亀山城鯱瓦と明智光秀公像、明智光秀公築城亀山城阯の石碑、説明板が建てられています。説明板には、亀山城の南側が内堀、外堀、惣堀の三重の堀で守られているのに対して、北側(搦手)が外堀のみになっているのは、保津川をせき止めれば北側の水田を堀代わりにできるから、とありましたが、現在も保津川と亀山城の間には広大な水田が広がっており、JRの跨線橋から眺めると、なるほどなぁと納得させられました。
水車跡
三の丸東端の雷門跡(説明板あり)の近くには外堀から惣堀への落水を利用した水車(と小屋)があったようで、水車跡の説明板が建てられています。説明板があるだけなんだろうと思いきや往時の石垣もしっかり遺っており、予想外に見応えがありました。
亀岡市文化資料館
通常は有料ですが、訪問時はロビー展「明智光秀」開催中(6月5日まで)のため無料でした。ロビーには亀山城の天守模型と城下町模型が展示され、中でも亀岡高校の生徒が製作したという城下町模型は素晴らしい出来で、城下町をひとめぐりした後だったため、「あの辺りはこんな感じだったんだなぁ」としばらく見入ってしまいました。
明智戻り岩
摂丹街道の法貴峠にある屏風岩と呼ばれる大岩には光秀にちなんだ二つの伝承があります。①丹波攻めの際、この大岩に行く手を阻まれて(又はこの先に敵はいないと報告を受けて)引き返した。②本能寺の変の際、羽柴秀吉の援軍として摂津に向かうと見せかけて、この地で引き返して本能寺に向かった。②は戻り岩の名から派生した後世の創作っぽいので、仮にどちらかが事実だとするなら①でしょうか。
谷性寺
光秀寺とも呼ばれる光秀ゆかりの寺で、光秀が崇敬したという不動明王を本尊とし、境内には光秀の首塚があり、光秀の木像も安置されています。なお、門前での「ききょうの里」開園中(今年は6月25日から7月24日まで)は谷性寺のみの拝観はできず入園料600円が必要ですが、どうせならききょうの見ごろに訪れるのもいいかもしれませんね。
愛宕神社(元愛宕)
京都市ではなく亀岡市にある愛宕神社で、この地から京都の愛宕山頂に遷座したと伝わることから元愛宕とも呼ばれています。一説には本能寺の変の前に光秀が参詣したのは京都でなく、こちらの愛宕神社だったとも云われるようですが…。トクさんと同じく、京都の愛宕神社にも行ってみたいものですが、ほぼ一日がかりになりそうなので、今回はすぐ近くまで車で行けるこちらに。
その他、あちこちにある亀山城の移築建物も見に行ってみたんですが、見落としやめぐり切れなかった箇所もあるので、またの機会に。
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